日税グループは、税理士先生の情報収集をお手伝いします。日税ジャーナルオンライン

MENU

税務の勘所Vital Point of Tax

事業承継税制改正の要点~平成30年度与党税制改正大綱より~

2018/01/29

 平成30年度税制改正大綱では、非上場株式の先代経営者から後継者への贈与・相続に係る贈与税・相続税の納税猶予・免除制度(事業承継税制)について、制度創設以来最大とも言える抜本的な拡充が盛り込まれました。

1.現行事業承継税制の概要
 事業承継税制は、後継者が贈与又は相続により取得した株式(ただし、贈与(相続開始)前から後継者が既に保有していた完全議決権株式を含めて会社の発行済完全議決権株式の総数の3分の2が上限)に係る贈与税の全額(相続税は80%)の納税が猶予される制度です。

 本制度の適用を受けるためには、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受け、5年間平均8割の雇用維持等の要件を満たす必要があります。要件を満たせなかった場合には、猶予中の税額を納付しなければなりません。また、一定の場合には、猶予された税額の一部又は全部が免除されます。

2.現行事業承継税制の欠点
 事業承継税制は、上記のとおり事業承継に伴う株式の承継に際し、後継者の負担する税負担を大幅に軽減させることのできる制度ですが、下記のとおり、実務上の難点が指摘されていました。


(1)適用対象株式の範囲
 納税猶予を受けることができる株式の範囲について、後継者が既に保有していた完全議決権株式を含めて、3分の2が上限とされています。例えば、先代経営者が100%の株式を保有しており、その全部を贈与しようとする場合でも、その3分の2部分のみが本税制の対象となり、残り3分の1部分については納税猶予を受けることができません。

 そのため、上記のようなケースでは、適用を受けられない部分について別途税務上の対応を行う必要があります。

(2)相続税の猶予割合
 贈与税については、対象株式に係る贈与税の全部の納税猶予を受けることができますが、相続税については、その80%について納税を猶予することとされています。

 猶予税額が高額なケースにおいては、たとえ20%であっても、その負担は決して軽くないため、活用にあたってのハードルとなっています。

(3)雇用要件
 納税猶予を受け続けるためには、納税猶予を受け始めてから5年間、従業員数を平均8割維持しなければなりません。この雇用要件については、平成25年度、及び平成29年度税制改正で要件緩和が行われてきました。

 しかし、取引先の動向や市場環境の影響を受けやすい中小企業にとっては、雇用も守れないほどの経営悪化に見舞われながら、さらに猶予税額を納付しなければならないことが、非常に高いハードルとなっています。

(4)1対1の株式移転のみ対象であること
 納税猶予を受けるためには、先代経営者と後継者それぞれについて保有議決権割合の要件が課されています。先代経営者については、代表者であったこと、同族関係者で議決権の過半数を有していたこと、後継者を除いて筆頭株主であったこと、という要件が課されています。同様に、後継者についても、同族過半数・筆頭要件が課されています(後継者は一人に限る。)。
 そのため、上記の要件を満たす先代経営者以外の者からの贈与は対象とならず、親族株主や先代経営者の配偶者から後継者への贈与等については、本税制の適用を受けることができません。
 また、例えば後継者候補が二人いる場合も、その内の一人しか、本税制の適用を受けることができません。

3.改正の要点
 大綱においては、中小企業経営者の高齢化が急速に進展する中で、中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上は待ったなしの課題であることから、事業承継税制について、10年間の特例措置として抜本的な拡充を行うこととされました。大綱によれば、現行の認定制度とは別個に、現行制度に以下の改正を加えた「特例制度」が新たに創設されるようです。


(1)対象株式数の上限の撤廃
 特例制度においては、対象株式の範囲について、従来の3分の2の上限が撤廃されることとされました。これにより、従来のように対象外株式の承継に悩む必要はなくなります。


(2)相続税の猶予割合を100%に
 特例制度においては、相続税の納税猶予の場合についても、100%の納税が猶予されることとされました。上記(1)の改正と併せて、先代経営者から後継者へ、税負担ゼロでの株式の移転が実現可能になります。


(3)雇用要件の実質的撤廃
 特例制度においては、5年間平均8割の雇用維持要件が事実上撤廃されることとされました。ただし、この水準を満たすことができなかった場合には、その理由を都道府県知事に報告する必要があり、経営悪化が原因である場合等には、認定経営革新等支援機関による指導・助言が必要とされます。


(4)対象者の拡充
 特例制度においては、従来の一人の先代経営者から一人の後継者へ、という承継パターンのみならず、複数の株主から、最大3人の後継者への承継も対象に加えることとされました。これにより、従来は活用を諦めていたケースにおいても、本税制の活用を検討することができるようになります。

 なお、贈与者の拡充については、現行制度も改正されます。

(5)その他の改正
 一つは、納税猶予中に株式の譲渡等(M&Aにおける譲渡や合併、解散)を行った場合の、猶予税額の減免制度です。例えば、贈与税の納税猶予を受けている株式を譲渡しようとする場合、従来は猶予中贈与税額を基準として納税を行わなければなりませんでした。特例制度では、連続赤字等の要件を満たせば、譲渡時の株価に基づいて猶予税額を再計算し、その税額を納付すればよいこととなります。

 もう一つは、平成29年度税制改正で解禁された相続時精算課税との併用について、親族要件が除外されるものです。相続時精算課税は60歳以上の贈与者から20歳以上の子・孫への贈与が対象とされていますが、特例制度においては、年齢要件だけ満たせば、親族関係がなくても相続時精算課税を併用できることになります。

4.今後の展望等
 紙幅の制約から詳細な検討は省略しますが、冒頭で指摘したとおり、本税制創設以来、最大の抜本的拡充が行われることになります。今回の改正により、事業承継税制の活用が大幅に増加することが予想され、税理士や中小企業支援者にとっては、活用可能性の検討は不可避のものとなるでしょう。

 また、10年間の特例ではありますが、特例承継計画については平成35年3月までに都道府県知事に提出しなければなりません。その際は認定経営革新等支援機関の関与が必須ですので、全国の認定経営革新等支援機関の方々が事業承継支援を強化するのではないかと、個人的に期待しています。
 今後、年度内には関連法令の整備が行われますが、
・大綱の総論部分に記載された租税回避が助長されないよう「制度面」で必要な対応を行うとの文言の具体的内容
・既に納税猶予を受けている者等への経過措置の在り方
・先代経営者以外の者からの贈与は、同年贈与でも対象とされるのか等の詳細
といった点がどのように設計されるのか、注目されます。


アドバイザー/伊藤 良太 弁護士
 平成19年、早稲田大学法学部卒業。平成22年、早稲田大学大学院法務研究科修了。同年に司法試験合格。平成24年、弁護士登録(ベンチャー企業法務、契約・M&A・事業承継案件等に従事)。平成27年、経済産業省中小企業庁事業環境部財務課採用(課長補佐)。事業承継関連施策を担当し、事業承継ガイドライン執筆、事業承継税制(平成29年度税制改正)の立案・執行、予算事業等に従事。平成29年、ベイス法律事務所設立(第二東京弁護士会所属)。

PAGE TOP