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所長税理士 vs 元職員 顧客争奪トラブルの現状と課題

2016/07/22

 以前、独立した職員による顧客持ち出しに関する記事を『日税ジャーナル』に連載しましたが、連載後は紛争中の所長先生をはじめ、独立した職員側の税理士先生からも質問や相談が寄せられました。同様のトラブルは各地で発生していますが、所長先生が裁判を起こすとなれば、その負担は大きいです。また、過去の裁判で所長側の損害賠償が認められたケースもありますが、現実的に損害賠償まで認められるためのハードルは高いといえます。

 職員による顧問先の持ち出しを訴訟にする場合、考えられるアプローチ(法的主張)はいくつかあります。まず、就業規則や雇用契約、服務規程の違反などが認められる場合、その点を追及する方法です。次に、元職員が勤務していた事務所や所長税理士の名誉を不当におとしめて顧問先を勧誘していれば、その行為自体が損害賠償の対象となり得るでしょう。ただ、そうした活動は目に見えないところで行われるのが通常ですし、簡単に立証できるものではありません。また、不正競争防止法で保護された「営業秘密」を侵害したと主張するアプローチも考えられますが、税理士事務所の業務上、顧客情報を同法の要件を満たす秘密とすることは難しく、あまりマッチしない方法だと思います。

 そもそも、職員が独立する際、担当先の顧問先から独立後の顧問契約を依頼されるのは珍しいことではありません。そこに何らかの勧誘(この勧誘は独立の挨拶から積極的な営業までレベルは様々ですが)があったとしても、顧問税理士の変更は最終的には顧問先が自ら決断したことです。そうなると、それを取り戻すというのは至難の業ですし、損害賠償の請求のハードルが高いことは先ほど説明したとおりです。それならば、もう少しハードルを下げて考えることも必要ではないかと思います。

 例えば、独立した職員が所長先生側の顧客に何らかの勧誘をしていた場合、さらなる顧客の流出が懸念されます。そこで、損害賠償はあくまで付帯的なものとして捉え、顧問先の流出をこれ以上拡大させないことをゴールとすることも考えられます。そのような目標設定であればハードルも下がり、事実関係の調査、目標設定、目標達成のためのアプローチを速やかに検討、実行に移せます。いずれにしても、紛争の目的・目標によって対応策や結果が大きく変わってきますので、そこを誤らないことが重要といえます。裁判に至らなくても、日本人は紛争になること自体、心理的に苦手とする方が多いものです。そのため、まずは顧問先が離れていった原因を探り、元職員に対する法的な追及の余地があれば、相手に対して警告をしたり、何らかのアクションを起こすことも視野にいれる必要があります。

 顧問先の持ち出しを完全に防ぐことは難しいですが、間接的な方法として、たとえば、就業規則の中で、「業務上の秘密・情報(顧客の連絡先など)について在職中、退職後を問わず自らあるいは第三者のために利用してはならない」、「就業中に顧客勧誘行為を行ってはならない」など、顧問先の持ち出しを禁止するような内容を明記しておく方法が考えられます。これにより、服務規程違反などを追及できる可能性が出てくるので後日の紛争が予防されます。また、顧問契約の更新を複数年にして、解約を制限し、その代わりに顧問料を割引するといった方法も考えられます。顧問先としては、顧問料の割引という特典がありますが、同時に顧問契約の中途解約にともなう損害賠償等のリスクが発生するので解約を防止する効果が期待できます。顧問契約は委任契約の一種なので解任は自由との見方もありますが、落ち度もないのに顧問先が一方的かつ任意に解約できるものではないので、契約書の中身をしっかり整えておくというのも一つの方法です。

 そのほかの対策として、所長税理士と退職する職員との間で、「担当顧客は就業中に知り得た情報のため、今後1年間は担当先を勧誘しない」など、退職後の義務に関する合意書を作成し、退職時に締結する方法も考えられます。仮に、このような合意書が締結できなければ、理由にもよりますが、今後の紛争が予想されますし、合意書を締結したのに職員が独立後に担当していた顧問先と顧問契約を結べば、損害賠償を請求できる可能性がでてきます。実際には双方がこのリスクを想定することで紛争の抑止効果になり得ます。ただし、合意書の内容は、有効かつ法的に意味あるものにしなければ効果がありません。過度に職業選択の自由、競争を阻害する内容、元職員に負担を課す内容は無効と判断される可能性がありますし、その締結に至る過程に強制があってはならず、場合によっては代償措置も必要と判断される可能性があるので、そこは注意が必要です。

<プロフィール>
南青山M’s法律会計事務所 ( 東京・港区)
弁護士  松永 貴之
平成18年、司法試験合格。同19年、司法修習(新第60期)弁護士登録。同年、都内法律事務所入所。
同21年、南青山M's法律会計事務所設立。同25年、マイル法律事務所設立。

 

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