認知症の母の口座から14億円出金 東京地裁 相続税の更正処分を支持
2023/04/26
認知症を患っていた母が亡くなる前に、母の口座から何者かによって約14億円全部が引き出されていた事案の相続税課税の適否をめぐる裁判で、東京地裁は2月16日、相続人である兄弟のうち弟が引き出したと認定、税務当局の更正処分等を支持する判決を下した。
判決によると、母は平成22年ごろから認知症が進行、平成25年には見守りが必要になったことなどから施設に入所。その後、介護付き施設に移転し、平成28年に死亡した。
母は生前に大手証券会社に口座を持ち、公社債等投信で運用を行っており、同社と提携する金融機関のATMを利用できるカードを1枚所持していた。そして、母が施設に入所する直前の平成25年9月ごろから、母の口座で運用されていた資産が現金化され、同年12月から平成28年1月までに、その全額に当たる14億3000万円余りが引き出された。
母の相続開始後、相続人である兄弟は、当初、相続税の課税価格を約8千万円と申告していた。しかし、税務署は、母の口座から無断で出金したのは弟であり、母の施設入所などにかかった費用を除いた金額について、母には返還を請求できる権利(不当利得返還請求権)があると判断。それは相続財産になるとして更正処分を行い、兄には過少申告加算税、そして仮装隠蔽が認められた弟には重加算税が課されることとなった。これに対して兄弟は、母の口座から弟が出金したことはないなどとして更正処分等の取消しを求めて争い、最終的に裁判所に判断を委ねた。
争点は主に、①母の口座から出金した人物は弟かどうか、②出金した弟に対する母の不当利得返還請求権が成立するかどうか。
争点①について、東京地裁は、利用できるカードが1枚しか発行されていないことを前提に、主に次のような事実を指摘した。
(1)当初母が入所した施設から2㎞ほどのコンビニエンスストアのATMで1428回出金されており、当局の調査により弟が出金していたとする目撃証言があること。
(2)見守りが必要な母の容体からして、母がコンビニエンスストアまで出向いて出金したとは考え難いこと。
(3)母の施設での日常生活にお金は必要でなかったことから母が他人に出金を依頼したとは考え難いこと。
(4)兄も疾病の後遺症で身体障害者手帳の交付を受け、歩行にも難があり、兄自身、出金していないと供述していること。
これらを総合して、東京地裁は弟が出金したと認定した。
また、争点②について、東京地裁は当時の母の意思能力から見て、弟が母から出金に係る権利を授けられたものとは考え難く、弟に代理権はないこと、弟が母の施設利用料や入居金3000万円を支払っていたことを考慮しても、出金したお金を所持・費消したことは優に認められるとして、母には弟に対して金銭の返還を求める不当利得返還請求権は成立すると認定。こうして東京地裁は相続人兄弟を敗訴させた。
兄弟の相続税申告に当初関与した税理士は違和感を覚え、母の口座を隠して申告しても税務署から調査が入るなどと指摘したが、調査が入っても構わない旨返答し、事実上そうした忠告にも耳を貸さず、結果として、相続人である兄弟は母から受け継いだ相続財産の増差分について追加分の相続税本税のほかにペナルティーの加算税まで納めることとなった。
家庭の事情はそれぞれ異なるが、認知症を患ってしまえば、これまで築き上げてきた自分の財産を思うように遺せないという事態にもなりかねない。これからの高齢化時代、認知症に備えて信託などを活用した事前対策を考えておくことは重要な取組みといえる。