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税務の勘所Vital Point of Tax

税理士が当事者となった最近の訴訟事例 ~その1~

2017/08/12

顧問先(診療所)の従業員の横領につき、顧問税理士に、会計上の不正行為の調査・報告義務はないとされた事例(東京地裁 平成28年5月18日判決/被告税理士勝訴)

(1)事案の概要
 本件は、診療所を経営する医師である原告Xが、税理士である被告Yと税務顧問契約を締結していたところ、Xが雇用していたAの横領につき、Y税理士が、会計上の不正行為の有無を調査しなかったこと又は会計上の不正行為が疑われる事実を報告しなかったことが、顧問契約上の債務不履行になるとして、約7000万円の損害賠償請求を求めた事案です。裁判所は、本件顧問契約の内容等から、Y税理士には調査義務も報告義務もないとして、Xの主張を排斥しました。


(2)裁判所の判断
①本件顧問契約の内容と不正行為の調査義務(否定)
 XとY税理士との間に、顧問契約書はありませんでした。Xは、Y税理士に対し、税理士としてできる全てのことを委任し、それには経営指導も含まれていたと主張していました。これに対して、裁判所は、Y税理士の主張を認め、「本件顧問契約における委任事務は、税理士としての本来業務である税務代理、税務書類の作成、税務相談及び付随業務としての財務諸表の作成、会計帳簿の記帳代行に限られるというべきである」と認定し、そうであれば、「会計上、不正行為が行われているかを調査する義務があったと認めることはできない」と判断しました。


②不正行為が疑われる状況の報告義務(否定)
 上記①のとおり、本件顧問契約における委任事務は、税理士の本来業務及び付随業務です。そこで裁判所は、「本件診療所の適正な運営、委任者であるX医師の財産の管理や保全が委任の本旨になるものではない」から、「善管注意義務の内容として、Y税理士が、一般的に、Xの財産又は本件診療所の運営に対する不正が疑われる状況にあるのかどうかを判断し、Xに報告すべきであったということはできない」と判断しました。

 加えて、「Y税理士が委任事務を処理する際、会計上、不正行為が行われていることを知り、又は不正行為が行われていると疑われる状況を知ったにもかかわらず、Xに報告しなかったとしても、安易にこれをXに報告することは、かえって当該不正行為を行ったと疑われた者に対する名誉毀損等の問題すら生じかねないのであって、法的な責任を負うべき義務違反はないというべきである」とも述べています。

 これに対して、Xは、院長出金名目の支出の増加、預金残高の減少、資金繰りの悪化等の状況を指摘し、これらからAの横領が疑われたはずであると主張しました。ですが裁判所は、「院長出金の増加や資金繰りの悪化の原因としては、従業員の横領以外の原因であることも十分あり得るのであるから、Xが主張するような事情があったとしても、Aの横領によることが一見して明らかであったともいうことはできない」としています。よって、Y税理士には、会計上、不正行為が行われていると疑われる状況を報告する義務があったということはできないと判断しました。

 解説/内田久美子 弁護士

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