譲渡所得の3000万円特別控除 建替え直前に一時的に入居 審判所 「居住の実態なし」と判断
2025/08/07
老朽化マンションの増加にともない、マンションの建替え問題に直面している所有者は少なくない。こうしたなか、建替え決議のタイミングで賃貸していたマンションの賃貸借契約を解除し、その後に自ら入居してから売却した所有者が、居住用財産の譲渡所得にかかる3000万円特別控除を適用しようとしたところ、税務署が否認した事案に対し、国税不服審判所は納税者の主張を退ける裁決を下した(令和6年11月19日)。

A氏は、賃貸していた区分所有マンションから賃借人を退去させた後、自らその物件に転入した。このマンションは、もともとA氏の配偶者が昭和60年に1945万円で購入し、平成22年にA氏が相続したもので、平成23年から賃貸に供されていた。
平成31年4月、A氏は賃借人と覚書を取り交わし、同マンションを含む集合住宅の建替え決議が可決成立した場合には、A氏は賃借人に遅滞なくその旨を通知し、通知到達から6か月が経過する日までに、賃借人が家屋を明け渡すことを合意した。
令和2年12月20日、マンションの管理組合において建替え決議が臨時総会で可決されたことを受け、A氏は同年12月23日付で賃借人に対して賃貸借契約の解約を申し入れ、令和3年6月28日までにマンションを明け渡すよう通知した。
なお、建替え決議に反対した入居者が2人いたが、建替え決議後、建替えに参加するか否かを回答すべき旨を催告したところ、うち1名は賛成に転じ、もう1名については任意の売買契約が成立。最終的に、建替え決議から1~2か月後には区分所有者全員が、建替え事業に賛成することとなった。
令和3年3月14日、区分所有者を対象とした建替えに関する説明会が開かれ、出席者に配付された資料には、売買契約の締結が令和3年4月11日に予定されていること、各区分所有者は同年6月30日午後1時までに荷物をすべて撤去して鍵を各譲受人に引き渡すこと、また、同日までに明渡しの完了を確認できたら、同年7月1日に売買代金を振込みで支払うことなどが記載されていた。
A氏は令和3年4月、同マンションを4830万円で売買する契約を締結、引渡しを7月1日とした。なお、売買契約には全区分所有者が明渡しを完了していない場合など、建替え工事までの段取りに不調があった場合は契約解除できる特約が付されていた。
賃借人は令和3年5月末頃にA氏に鍵を返却し、家屋を明け渡した。A氏は同年5月に住民票を同マンションに移したが、同年6月25日には再び別の住居へ住民票を移している。
その後、A氏は令和3年分の確定申告において、同マンションの譲渡所得について居住用財産の3000万円特別控除(以下、3000万円控除)を適用して期限内(令和4年3月15日まで)に申告した。
しかし、所轄税務署は令和5年に3000万円控除の適用を認めず、更正処分等を行ったことから、A氏は国税不服審判所(以下、審判所)に審査請求を行った。
審判所の判断
審判所は、3000万円控除を定めた法律(措置法第35条第2項第1号)に規定する「その居住の用に供している家屋」の考え方について、「譲渡者が、真に居住の意思を持って客観的にもある程度の期間継続して生活の拠点としていた家屋をいうものと解される」と示した。これは、神戸地裁平成10年12月16日判決の「単に、当該家屋の所有者が事実的支配を及ぼしているだけでは足りず、真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の本拠としていた家屋」という判断に沿うものだ。
そして、審判所は、上記裁判例と同様に「譲渡資産がこれに該当するか否かについては、その者の日常生活の状況やその家屋の利用の実態等の諸事情を総合的に考慮し、社会通念に従って判断するのが相当である」として、次の事実関係を指摘した。
①マンション建替え決議後、2か月ほどで、全員建替え事業に賛成することとなったこと。
②マンション建替え事業の説明会において資料が配布され、各区分所有者は同年6月30日午後1時までに区分所有建物内の荷物をすべて撤去し、区分所有建物の鍵を各譲受人に引き渡すことなどが記載されていたこと。
審判所は、マンションの継続的な利用の可能性について検討を行い、「建替え事業の円滑な進行を妨げる客観的な事情は特段認められない。また、法定説明会を経るなどの手続が行われた上で、建替え決議は法定の要件を充足し可決されており、建替え決議の効力に疑義が生じるような事情も認められない」と指摘。
また、賃借人との間の契約解除や明渡しについても、「A氏が建替え事業に係るマンションの引渡し時期を認識していたことを示すもの」と判断。最終的にA氏が同マンションにつき「同日を超えて継続的に生活の拠点として使用することは客観的に見てほぼ不可能であったということができ、そのことは請求人( A氏)においても、十分、認識していた」と認定した。
このほか審判所は、単身世帯の平均的な使用料と比べて電気やガスの使用料金が極めて少額であることなどから、A氏が事実上、このマンションで生活した実態が見られないことを指摘し、「真に居住する意思を持っており、継続して生活の拠点として居住している実態があったとはいえない」と結論づけ、3000万円控除の適用を認めなかった税務署の更正処分等を支持した。