社団医療法人の持分と税務
2024/11/05
1.社団医療法人の持分と承継
医療法人の経営・承継と税制のうち、持分あり社団医療法人の持分と税務について検討をしたい。わが国の医療法人数は58,902法人であり(厚労省調査2024年3月末現在。20年前比20,147法人増)、コンビニの店舗数55,657店よりも多く、その中でも、社団医療法人は99.3%以上を占める。社団医療法人は、持分の定めがある社団医療法人(持分あり社団医療法人)と、持分の定めがない社団医療法人(持分なし社団医療法人)に分類できる。平成18年(2006年)医療法改正の施行日である平成19年(2007年)4月1日以降、持分あり社団医療法人(現在、経過措置型医療法人として扱われる)は、その設立ができなくなったが、今でも全医療法人の約61.8%を占めている。
社団医療法人の持分とは、定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻しまたは残余財産の分配を受ける権利をいう(医療附則10条の3第3項2号)。持分あり社団医療法人の多くは定款の定めにより、持分権者と社員資格をリンクさせており、持分権者は原則として社員となる。厚労省の旧モデル定款においても「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」としていた。持分あり社団医療法人の社員名簿には、出資額および持分割合の記載が求められる(厚生労働省「医療法人運営管理者指導要綱」6頁)。持分に関し出資額と社員総会における議決権数は比例するのではなく、各社員は1人1個の議決権を社員総会で行使ができる。しかし、持分を多く有する持分権者は概して、社員総会で理事に選任され、理事会において理事長に選出されている。
持分を有する社員が死亡により社員資格を喪失した場合、当該持分は金銭請求権である持分払戻請求権に変換され、当該請求権は社員の相続人に相続される(最判平22・4・8民集64巻3号609頁。医療附則10条の3第3項2号括弧書)。また、持分を譲渡する場合には、定款に持分譲渡に係る制限の定めがあれば、医療法人の承認(理事会の決議等)を要する。相続または譲受けにより持分払戻請求権を取得しても、必ずしも当該請求権の行使をする必要はない。持分の譲受人は持分を取得しても、単に持分権者・持分払戻請求権者の地位にとどまることはありえるが、社員にならなければ社員総会で議決権行使ができない。
2.持分の譲渡に係る課税
(1)持分の譲渡に係る課税
社員A(個人)が他者Bに持分の譲渡をして利益(出資金額を超える部分)が生じた場合には、譲渡による総収入金額-(取得費+譲渡費用)=持分譲渡に係る譲渡所得金額、として課税される(租措37条の10第1項、地方附則35条の2)。
(2)払戻額>出資金額による払戻し
社員X1(個人)は退社に際し、医療法人Y1法人から持分を時価で払戻しを受けて利益(出資金額を超える部分)が生じた場合には、配当所得として総合課税される(所得税92条1項)。X1の持分払戻しに際し源泉徴収がなされる(所得税182条2号、復興財確28条2項)。Y1法人はX1に対する払戻しを金銭ではなく、職員住宅用不動産等を現物で払い戻すことができる。不動産は不動産鑑定評価等に基づく時価で評価して払い戻すが、持分と不動産取引との譲渡損益が発生する場合、医療法人の課税関係が生じる。
(3)払戻額=出資金額による払戻し
社員X2は退社に際し、出資持分の時価が高額となりながら、医療法人Y2法人から払込出資額(設立当初の出資額)での払戻しを請求した場合、X2は持分の一部を放棄したことになり、X2に課税関係は生じない。
他方、Y2法人における残存出資者X3らの持分価値は増加したことになり、X2からX3らに対し評価額の増加部分の贈与があったものとみなされて、X3らに贈与税が課税される。当該増加額は、X2の退社前の出資持分の評価額と退社後の評価額の差額を財産評価基本通達194-2(医療法人の出資の評価)により計算する(国税庁課税部長「出資持分の定めのある社団医療法人が特別医療法人に移行する場合の課税関係について」(平成16年6月16日))。当該みなし贈与税課税が生じないようにするためには、非課税4要件(同族特殊関係出資者の出資比率が50%以下等)の充足が求められる。
3.社団医療法人の持分払戻し
(1)出資割合説
持分の評価として、出資額説および出資割合説がある。出資額説とは、社員が出資した額の返還請求を求めるものであるが(東京高判平20・7・31金判1310号32頁)、出資額説は支持されていない(飯淵健司「本件判批」別冊判タ29号44頁)。
出資割合説は、社員の退社時に医療法人の総財産の評価額に、総評価額中の当該社員の出資額が占める割合を掛け合わせて算定される額の返還請求を認めるものである(最判平22・4・8民集64巻3号609頁)。定款に当該定めを有する医療法人は多い(柴田義明「本件判批」ジュリ1451号86頁)。課題として、出資割合説による持分の払戻しは、実質的な配当となることである。持分の払戻請求額が高額になり、医療法人の継続が困難な事態にもなる。しかし、法人解散時の持分の残余財産分配請求権との整合性から、出資割合説が妥当であるとされる。ただし、医療法人の事情に照らし、持分払戻請求が権利濫用になる可能性はある。
(2)持分の評価方法
税務上、医療法人の持分は、取引相場のない株式の評価方法に準じて、類似業種比準方式、類似業種比準方式と純資産価額方式との併用、純資産価額方式により評価する(評基通194-2)。その際に、対象法人を従業員数(役員は除外)、総資産価額、年取引額の3要素を前提として、大・中・小の規模に応じて各評価方式またはその併用方式により評価する(青木惠一『医療法人の設立・運営・承継と税務対策[全訂七版]』(税務研究会出版局・2021)385頁以下)。各社員は議決権を均一に有し、原則として議決権と出資持分は分離しているため、全ての出資は原則的評価方法による。
他方、私人間の譲渡等における持分評価という具体的な利害対立下では、貸借対照表の資産・負債の各項目を再検討する。
4.持分なし医療法人への移行
持分あり社団医療法人から持分なし医療法人への「移行」により、一定要件を6年間、維持することにより、税制措置の特例および融資制度の適用を受けることができる。持分の評価が極めて高額になる事案があり、医療法人の円滑な経営・承継を考えて「移行」する選択はある。
持分なし医療法人への移行に際し、持分を有する社員は、持分払戻請求権・残余財産分配請求権を放棄する。当該移行は医療法人にとり有意義であり、厚生労働省は移行を勧めているが、順調には進んでいない面がある。
理由として、例えば、医療法人のオーナー一族により「持分は経営の源」という考えが強く、移行には持分権者の全員が持分を放棄する必要がある。持分あり社団医療法人の経営等には、持分に係る対策が重要である。
アドバイザー:龍谷大学法学部教授 今川 嘉文