社長貸付金・社長借入金消去の税務 ~証拠の論点も踏まえて~㉓
2024/03/25
2)
〇経験則の適用
上記のとおり、裁判所は、不具合対応業務の進捗状況等が経営会議に報告されていないこと(⑦)に、⑤及び⑥の事実を加えた上で、経営会議に不具合対応業務に関する報告がないという状況は、当該業務が行われていたとすれば、通常考え難い状況であると判断しています。これは、(中略)⑤から⑦までの事実について「人間は、このような場合、通常、このような行動をする」という経験則を適用したものであることが分かります。
つまり、裁判所は、経営会議に報告がされていないという事実に、P社グループにおける経営会議の位置づけ、本件得意先の重要性などの事実を積み重ねることにより、本件得意先に納品したシステムに不具合が生じたのであれば、その進捗状況やそれに要する費用等は、P社グループの経営会議における重要な関心事であるとした上で、このような重要な関心事は、通常、経営会議に報告されるはずであるという経験則を適用(※下線筆者)して、上記の判断をしたものと解されます。
エビデンスがあっても当該資料における内容そのものが社会通念(=常識)に照らし、不自然であれば当然疎明力はないものとされます。そしてこの社会通念(=常識)の射程については先述のとおり純然たる第三者との取引と平仄がとれているかが判断基準(=メルクマール)となります。
最後に国税訟務官室からのコメントとして下記のまとめがあります。
裁判において、「ある事実」が存在すると、全間接事実を統一的に、整合的に説明できるものの、「ある事実」が存在しないと仮定しても、全間接事実を統一的、整合的に説明できる場合、このような事態は証拠が不十分で、認定できる間接事実が少ない場合に起こりやすいとされています(注10)。
このことを踏まえると、調査において、納税者が「ある事実は存在する」と主張し、調査担当者が「その事実は存在しない」と主張する場合、調査担当者の主張を立証できるかという観点から間接事実等を収集するだけではなく、納税者の主張を前提とすると、全間接事実を統一的、整合的に説明することはできないと言えるだけの間接事実等(証拠)を収集する必要があるといえます(上記裁判例であれば⑧及び⑨)。
また、(中略)経験則は常に例外(推認を妨げる事情)を伴うものであるため、間接事実による推認は、常に覆される可能性があることに注意が必要です。例えば、領収証があれば、「通常、金銭の授受がないのに領収証を作成することはしない」という経験則により、金銭の授受はあったと考えますが、領収証を作成したことに何か特別の事情(例えば、脱税のため)があったとすれば、金銭の授受がなくても領収証を作成すること(動機)はあるということになります(注11)。このほか、上記の裁判例のように、「人間は、このような場合、通常、このような行動をする」という経験則により、「あるべき事実がない」ということも重要な間接事実になりますが、この場合、「人間は、このような場合、通常、このような行動をしない」という経験則もあります。
したがって、間接事実により課税要件事実を推認する場合には、推認を妨げる事情の有無を慎重に判断し、課税要件事実を推認させる確実性を高めるだけの間接事実の種類や数を増やすことが重要であるといえます(上記裁判例であれば⑤及び⑥)。
本事件で課税庁(国)が勝訴できたのは、調査において、P社らの内部資料(P社グループの経営会議資料、決算予測資料及び経営管理担当役員ノート等)を数多く収集していたことが大きいと思われます。数多くの資料を収集していたからこそ、間接事実等を数多く積み上げることができ、そのことから課税要件事実が明らかになり、裁判所の理解が得られたと思われます。
なお、係争において当局は追加で証拠を収集し逆転勝訴をおさめた事例もあります。
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