不当利得返還請求権の 相続財産該当性を検証する
2025/08/28
はじめに
相続が発生した場合、相続人の中に被相続人の現金預金等を被相続人の承諾なしに費消した場合は被相続人が存命であれば、その相続人に対して「使い込んだ」預貯金等を返金せよという権利を留保することとなる。
この返金せよという権利が「不当利得の返還請求権」であり、相続人間又は課税庁と争う事案が散見される。
第一章 不当利得とは
民法 第703条(不当利得の返還義務)
不当利得とは、法律上の原因なしに他人の財産又は労務により利益を受けている者(受益者という)から、これによって損失を被っている者に対して利得を返還させる制度である。
1. 相続における不当利得
相続に関して、被相続人と同居していた相続人などの使い込みが発覚する場合がある。
残った財産のみを遺産分割の対象とすると、使い込みをした相続人と他の相続人とは不公平な遺産分割となる可能性が大となる。このような場合、使い込みをした相続人以外の相続人が不当利得返還請求権を行使して、被相続人の財産を正常な状態にしてから遺産分割を行うことで相続人間の公平を保つことができる。
2. 不当利得返還請求
不当利得返還請求とは、損失を被った人が不当利得を得た人に対して返還を求めるための手続きである。たとえば、子どもが親の預金を許可なく引き出して私的に使い込んだ場合、親は子に対して不当利得返還請求を行うことができる。
3. 不当利得返還請求の要件
(1)使い込んだ人に利益が生じていること
(2)使い込みによって損失を被った人がいること
損失がなければ請求する理由はないので、財産の使い込みがされたことで損失を被った人がいることが要件となる。
請求をする際には損失した具体的な金額の提示を要することとなる(立証責任は損失を被った者にある)。
(3)利益と損失の間に因果関係があること
相手方の利益と請求者側の損失の間に因果関係が必要である。
(4)使い込みに法律上の原因がないこと
4. 時効
不当利得の返還請求権も債権であるので下記の規定の適用がある。民法166条(債権等の消滅時効)第一項
1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
(1)債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
(2)権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
第二章 相続における不当利得の類型
Ⅰ.相続人間の遺産分割において互いに不当利得を主張する場合
この場合は、不当利得の返還請求を行う者は、不当利得返還請求権が相続財産であると認識していることとなる。
Ⅱ.課税庁が相続人等が費消又は隠匿した現預金等について不当利得と認定して相続財産とする更正処分をした場合
相続税において不当利得返還請求権が成立するためには、受益者(相続人等)が法律上の原因なく他人(被相続人)の財産等により利益を受け、これにより他人(被相続人)に損失を及ぼしたと認められることが必要である。
課税庁が更正処分する場合、①相続人等が、被相続人に無断で金員を被相続人の口座から出金し、被相続人に損失を与え、②相続人等が、その出金した金員から利益を得ていたと主張する。
Ⅲ.更正の請求の期限を徒過した還付金請求権を不当利得として国に請求する場合
この請求で争った場合には、納税者が勝訴した判決は認められなかった。
第三章 不当利得の返還請求権が相続財産であると認定した更正についての裁決・判決
いずれの裁決判決も「被相続人は合意していない」が前提となっている。
Ⅰ.東京地方裁判所令和3年(行ウ)第522号(棄却)(確定)令和5年2月16日判決 TAINS Z888-2554
1. 事実
平成25年12月25日から平成28年1月13日までの750日間に、丙(被相続人)の証券口座からATMを通じて1902回にわたって合計14億3,002万3,000円の現金が出金(本件各出金)された。
2. 判断
相続の開始までに、本件各出金に係る金員について、丙の占有を排除して自己のために所持し、又は費消していたのであり、法律上の原因なく利益を受け、丙に損失を及ぼしたものといえるから、丙は、民法703条、704条に基づき、原告甲に対する不当利得返還請求権を有するに至っていたと認められる。
Ⅱ.令03-01-06裁決・全部取消しTAINS F0-3-757
1. 事実
相続人は一人であり、相続人間での争いにはなりえないが、課税庁が上記Ⅰと同様に課税処分を行った。
2. 判断
被相続人の意思能力が著しく低下していたとは認められないとして、被相続人に無断で本件口座から本件金員を出金し、本件被相続人に損失を与え、その出金した本件金員から利益を得ていたとはいえないから、法律上の原因なく本件金員に相当する額の利益を得ていたとまでは認められない。
Ⅲ. 平18-06-15裁決・一部取消しTAINS F0-3-180
1. 事実
請求人が、被相続人は比較的元気であり被相続人の預貯金の管理を始めたと認められる平成6年1月から本件入院日までの約3年2か月の間二人の生活費及び親族との交際費としての1か月当たり約4,700,000円の費消については、被相続人の意思が反映され、その内容を承知していたと認められる。
入院期間に請求人が費消した1か月当たりの金額約5,300,000円は、請求人と被相続人が本件入院日前に費消していた1か月当たりの金額約4,700,000円を上回る。
2. 判断
1か月当たりの本件医療費等約2,400,000円と被相続人への見舞客に対する答礼等の費用が新たに必要となることからすれば、請求人が、被相続人の承知していた請求人の生活費及び親族等との交際費の金額の範囲を逸脱した費消を行っていたとは認められない。
第四章 まとめ
Ⅰ. 留意点
1.客観的な事実と客観的な資料・情報により正確な事実を把握することが肝要となる。
2.被相続人が自ら費消していた生活費相当額は、被相続人が管理できなくなっても費消した事実があれば認められる。その費消目的や動機は問われない。
3.被相続人からの委任は、黙示であっても銀行の担当者との面談等の外観が整っていれば認められる可能性が高い。
4.費消者の気持ちを忖度する必要はない。
5.不当利得された財産の所在は問題とされていない。
6.遺産分割において不当利得の有無を争った場合には、その不当利得請求権は納税者において相続財産となる主張がされたものとなる。
7.被相続人に属する財産を相続人等が費消した場合には、不当利得の返還請求権が相続財産と認定される可能性がある。
8.税理士のリスクヘッジ方法
納税者から確認書等を取得する等の方策を講じる必要があるか否かを検討する。
Ⅱ. 特別受益との関係
特別受益は、被相続人の意思に基づいて行われることが前提となっているので、不当利得の返還請求権とは無関係ということとなる。
Ⅲ. 生前贈与加算との関係
相続税法19の要件に「被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合」と規定されているので、不当利得はこの要件に当たらない。
よって、上記Ⅱと同様に不当利得の返還請求権とは無関係ということとなる。
執筆:守田 啓一 税理士