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トラブルは現場で起きている!

仲見世通りの家賃と固定資産税をめぐる騒動

2017/12/04

 年貢の納め時という言葉に残されているように、江戸時代までの税金は年貢でしたが、寺社については寄進を受けこそすれ、年貢が取られるようなことはありませんでした。明治になって、年貢は地租に変わります。地租は、国税の中心として、それまでの米から金銭による納付へと変わりましたが、寺社については、年貢と同じように免除されていました。この地租が第二次世界大戦後の昭和22年に廃止され、地方税に姿を変えて出てきたのが固定資産税でした。つまり、固定資産税は昔の年貢や戦前の地租の生まれ変わりなのです。

 この固定資産税は、寺社に対してどうだったかというと、“宗教法人が専らその本来の用に供する境内建物及び境内地”には課税しないと、地方税法に定められました。ですので、宗教法人が、純粋な宗教活動だけに使っている土地や建物ならともかく、商売に使ったり商店に貸し付けているような場合は、たとえ登記簿上の境内地や境内建物であっても、固定資産税が課されることになっています。

 ところが浅草の浅草寺の境内にある仲見世通りは、みやげ物屋など89店が軒を連ねている日本で最も繁華な商店街の一つで、明らかに商売に使われていますが、これまで固定資産税が課税されたことはありませんでした。報道によると、仲見世通りの土地は、東京都が浅草寺から無償で借り受けて店舗用建物を建て、それを各商店に家賃2万5千円平均で貸し付けていたというのです。

 東京都としては、取れるはずの固定資産税を取らず、ほとんどタダに近い家賃しか受け取っていなかったのですから、相当の負担をしていたことがわかります。どうやら、前にこの事件簿で取り上げた築地市場などと同じことが行われていたようです。自治体が莫大な負担をして、土地を借り施設を作って、民間に安く貸し出す形で、卸売市場や商店街を維持する。おそらく、当初は戦後復興や民心の安定などのために行政が介入して、こういうことを行う必要があったのでしょう。しかし、かつて緊急の必要性や合理性があったものが、その後の経済や社会状況の変化によって合理性が失われてくるということは、往々にしてあるものです。

 固定資産税は行政の裁量の面があるといわれてきましたが、次第に透明化や厳格化が進められる中で、浅草寺の仲見世通りにも固定資産税や都市計画税をかけなければならなくなった。となると、浅草寺からこれまでのように無償で借りるわけにいかない。最低でも固定資産税と都市計画税の3倍にはなるはずの地代を支払う必要が出てくる。そのためには、2万5千円の家賃を大きく引き上げなければならないが、立場上とてもそれはできない。そこで、東京都は報道のとおり店舗用建物を浅草寺に譲渡して、さっさと舞台から降りてしまったということでしょうか。

 さて、東京都が降りてしまったために、舞台に取り残されたのが家主の浅草寺と仲見世通りの店子たちです。家主の浅草寺は東京都から固定資産税を取られることになったために、これを家賃で回収しなければならなくなりました。仲見世通りの店子たちは、東京都から借りていた時はほとんどタダに近い2万5千円平均で済んでいた家賃が、大家が浅草寺に変わったとたん16倍の37万円平均にハネ上がるというので、いかにも“無体な要求″だと報道されている騒動ですが、かなりの固定資産税の負担を余儀なくされる宗教法人サイドに立つと、そう無体ともいえない面が見えてきます。

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