日税グループは、税理士先生の情報収集をお手伝いします。日税ジャーナルオンライン

MENU

実務に役立つ税務会計オンラインラボ

利益供与規制の甚大なリスク ~同族間取引等における実務上の要注意点~

2024/04/25

1.利益供与規制の趣旨

⑴ 利益供与規制の趣旨は、総会屋や上場企業に限らず、後述する「利益供与を禁圧し、健全で、公正な会社運営を図ること」にあると解されています。

⑵ 利益供与規制は、元々は、上場企業の株主総会に絡んで利益を得ようとする総会屋対策を念頭に制定され、その甲斐あって総会屋は、概ね根絶されました。利益供与規制は、それ程強力な規制です。

2.利益供与の要件と具体例(会社法120条1項)

⑴ 利益供与の要件
〔参考条文〕(会社法120条1項)
第百二十条 株式会社は何人に対しても株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主(省略)の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等(省略)の株主の権利の行使に関し財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社計算においてするものに限る。以下この条において同じ。)をしてはならない。

 会社法120条1項の「株主の権利の行使に関し」とは、株主としての権利(株主総会の議決権や株主の監督是正権等を行使すること、あるいは、行使しないこと等の対価として、という意味です。

 ここで特に注意が必要なのは、議決権等行使・不行使自体の対価だけではなく、議決権等の行使態様・行使方法(後掲弥永文献参照)を依頼することの対価、さらには、例えば、議決権行使を封じる目的の株式の買取の代金(後掲平成18年最高裁判所判決)のように、議決権行使・不行使と密接に関連する行為・取引の対価も、同項の「株主の権利の行使に関し」に含まれる可能性がある、ということです。

 また、「当該株式会社又はその子会社の計算において」とは、当該株式会社又はその子会社の経済的負担で、という意味です。

⑵ 利益供与規制に違反する要件が広いことに要注意 
 ①株式会社が、②当該株式会社又は子会社の経済的負担で、③株主の権利行使・不行使等の対価として、③財産上の利益を、④何人か(株主や役員に限らず、親族や取引先等の第三者も含みます)に供与すれば、会社法120条1項が禁じる「利益供与」規制に違反してしまいます。

 会社に損害が生じることは要件ではないことから、対価が合理的であっても、優先的な発注・契約締結等、上記要件を充たせば、利益供与規制に違反する可能性があります。

 ある株式会社の株式の一部を、「企業経営の安定(株主総会の安定)」のために親族・関連会社・業務提携先・取引先で持ち合うことはよくある話です。

 利益供与規制の要件は、総会屋の抑止を図ることができるのですが、通常の同族会社・同族会社・関連会社にとっては、この規定の及ぶ範囲が非常に広いことに注意が必要です。

⑶ 具体例
 典型例は、株主総会の取締役選任・解任の議案に賛成・反対の議決をする対価として、(親会社を含む)株主に金品を交付すること(株主・親会社に有利な条件で取引をすることも含む)です。が、それに限らず、「経営陣から見て好ましくない株主の議決権等の行使を回避する目的で、当該株主から株式を買い取る対価を、会社が第三者に供与する行為」(後掲江頭文献・365頁が引用する最高裁平成18年4月10日判決)も、利益供与規制に違反する可能性があります。

 3.利益供与の認定方法と訴訟リスク(会社法120条2項)

⑴ 株式会社が特定の株主に対して「無償」あるいは「有償で財産上の利益の供与をした場合において、当該株式会社又はその子会社の受けた利益が、当該財産上の利益に比して著しく少ないとき」は、当該株式会社は、株主の権利の行使・不行使等の対価として、財産上の利益の供与をしたものと推定されます。

 つまり、ある金銭の交付が、真実は、単なる売買代金の支払いであったとしても、裁判の場で、会社側が「株主の権利の行使・不行使等の対価ではなかった」旨の合理的疑いを入れない程度の証明できない場合には、「かかる対価であった」と認定され、会社法120条1項の他の要件を充たせば、後述の厳格な責任等が生じてしまいます。利益供与規制の訴訟リスク自体も大きいのです。

⑵ 上記「著しく少ない」の意味について、「無償に近い」という意味であるとする学説(後掲江頭)が有力ですが、法文上は、単に「著しく少ない」とだけ規定され、「割合的に」著しく少ないという意味なのか、「金額的に」著しく少ないという場合を含むのかついて、一義的に明らかではないことにも、実務上注意を要します。

4.利益供与規制に違反した契約はどうなるか

⑴ 会社法120条自体は、利益供与規制に違反した契約がどうなるかについて、明文の規定を置きません。

 しかし、会社法120条1項に違反する利益供与は、刑罰(会社法970条1項から3項)をもって禁じられる行為であり、公序良俗(民法90条)に反することを理由に、利益供与規制に違反する売買・贈与・業務委託・雇用等の契約は、無効となると解されています。

⑵ このような理由で契約が無効とされる場合、その無効は絶対無効であり、誰でも、何時でも、誰に対しても無効を主張できるのが原則であることに、実務上注意が必要です。同規制違反の影響・損害は広汎に及ぶ可能性があります。

 5.利益供与を受けた者の返還義務

⑴ 会社法120条1項に違反する契約がなされた場合、契約が無効である以上、当該契約に基づき利益を受けた者は、これ(受けた利益)を当該株式会社又はその子会社に返還しなければなりません(当該利益と引換えに給付をしたものがあれば、その返還を受けることができます。会社法120条3項)。

⑵ この責任は、上記当該利益を受けた以上、役員ではない単なる親族や少数株主であっても、生じ得ることに実務上注意が必要です。もとより、同項の責任には、株主有限責任の原則(会社法104条)は妥当しません。

6.利益供与に関与した取締役の供与利益相当額の支払い義務

⑴ 会社法120条1項に違反する利益供与がなされた場合、当該利益の供与に関与した取締役等として法務省令で定める者は、当該株式会社に対して、連帯して、供与した利益の価額に相当する額を支払う義務を負います(会社法120条4項本文参照)。

⑵ その者がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合はこの限りではありませんが、当該利益の供与をした取締役等は、無過失責任を負うことに、特に注意が必要です(同項但書及びその括弧書)。

⑶ 上記⑴の義務は、総株主の同意がなければ、免除することができません(会社法120条5項)。

7.利益供与規制違反に伴う役員等の損害賠償責任

⑴ 紙面の都合上詳細は割愛しますが、利益供与規制違反によって、会社(会社法423条1項)、第三者(会社法429条)に「損害」が生じた場合には、役員等(利益供与に関与しない取締役・監査役等を含む)は、所定の要件の下、損害賠償責任を負います。

⑵ 賠償するべき「損害」は、供与した利益の金額に限られず、利益供与規制違反と相当因果関係を有する全損害に及ぶ可能性があります。

8.刑罰・告訴告発のリスク

⑴ 取締役、会計参与、監査役又は執行役だけではなく、支配人(当該営業所の包括的代理権を有する支店長等)、さらに、単なる使用人までもが、会社法120条1項に違反する利益供与をしたときは、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処せられます(会社法970条1項)。

⑵ 情を知って、前項の利益の供与を受け、又は第三者にこれを供与させた者、さらには、これを要求しただけの者も、上記と同様の刑罰に処せられ、その際、「威迫の行為」をしたときは、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処せられます(会社法970条2項から4項)。

9. まとめ

⑴ 家業である同族企業の株式を何人かの親族で持ち合っている場合に、全くあるいはそれ程の労働実態もないのに、株主たる親族に対し、役員報酬・従業員給与の名目で、毎年1000万円・500万円もの利益を供与していた場合、よくある話のようにも思われますが、供与した側にも、供与された側にも、上述の利益供与のリスク・訴訟リスクはないでしょうか。

⑵ 節税目的で実質的な剰余金分配を役員報酬や従業員給与の形式で行った場合、過大報酬分について、法人税法34条1項・法人税法施行令69条の損金不算入のみならず、上述の利益供与のリスクはないでしょうか。

⑶ 将来の事業承継(事業譲渡は株主総会の特別決議が要件となります)や後継者の取締役選任を円滑にするために、少数株主から「時価」(評価方法によって相当な差が生じ得ます)よりも高く株を買い取る場合は、どうでしょうか。

⑷ 総会屋を根絶する程強力な利益供与規制が、中小企業の内部紛争(後継者VS少数株主、オーナー家VS従業員)や税務調査を契機として、同族会社やその関係者に用いられた場合、上述の過酷な事態となり得ます。

⑸ 最終的に勝訴したとしても、そのような裁判に巻き込まれる訴訟リスク自体も、何としても避けたいところです。

⑹ 同族会社であっても、株式会社を運営する以上、事業承継の準備段階は勿論のこと、常日頃から、上述の利益供与規制に充分留意しつつ、従業員や税務当局を含め、誰が見ても公正公平な経営・株主総会運営に努めることが、極めて重要であると言えます。

〔参考文献〕
江頭憲治郎「株式会社法」(有斐閣)第8版・364から366頁・466頁
弥永真生「リーガルマインド会社法」(有斐閣)第14版134頁から136頁

執筆:北出 容一 税理士/監修:冨永 典寿 税理士

PAGE TOP