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税務の勘所Vital Point of Tax

リスクを知ってリスクを回避  相続税に関する税理士損害賠償訴訟

2016/10/03

 相続税申告に際し、海外資産を除外したことについて、税理士に責任ありとし、約7,000万円の賠償義務があるとされた事例。[東京地裁平成24年1月30日判決( 税理士一部勝訴・一部敗訴)、東京高裁平成25年1月24日判決(原判決変更・税理士一部勝訴一部敗訴)]

(事案の概要)
 
本件は、Y税理士に相続税の申告を依頼した相続人らが、Y税理士の行った相続税の申告手続に相続財産の申告漏れ等の不備があったため、修正申告と重加算税等の納付とを余儀なくされたと主張して、訴訟を提起した事案です。


 裁判所が認定した事実によれば、Y税理士は、被相続人が海外資産を有する可能性が高いことを認識していながら、相続人らに対し、海外資産に関する資料の提出を求めることもなく、かえって、国税局の税務調査が始まってからも、相続人である妻に対して、海外資産の調査の必要はないなどと誤った指示をしていました。

 裁判所は、Y税理士には、税務の専門家として適正に相続税の申告をすべき注意義務に違反したものといわざるを得ないとして、相続人である妻に課せられた重加算税と、海外資産の隠ぺいを認定されたために相続税額の軽減を受けることができなくなった部分の賠償を命ずる判決を出しました。東京地裁が賠償を命じた金額は1億円以上になります。これに対し、Y税理士側が控訴したところ、東京高裁は、相続人である妻にも過失があったとして、3割の過失相殺をし、その結果、Y税理士側は、約7,000万円の賠償義務を負うことになりました。

 なお、Y税理士は、訴訟の途中で亡くなっているため、各判決は、その相続人であるY税理士の妻と子らに対してなされています。

関与先の提出資料が不十分な時は、追加の資料提供や調査を指示すべき

(裁判所の判断)
1)税理士の義務について

 裁判所は、まず、税理士の義務について、次のように述べています。
 「税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命としているから(税理士法1条参照)、税務申告の委任を受けたときは、委任契約に基づく善管注意義務として、委任の趣旨に従い、税務申告が適正に行われるよう、専門家として高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負うものと解される。

 したがって、税務申告の委任を受けた税理士は、申告書を作成するに際して、基本的に委任者から提供された資料や委任者からの指示説明に依拠することはもとより当然のことであるが、委任者から提供された資料が不充分であったり、委任者の指示説明が不適切であるために、これに依拠して申告書を作成すると適正な税務申告がされないおそれがあるときは、委任者に対して追加の資料提供や調査を指示し、不充分な点や不適切な点を是正した上で税務申告を行う義務を負うものというべきである。」

2)Y税理士の義務違反(債務不履行)について
 裁判所は、1)の観点から、次のとおり、Y税理士には義務違反ありと述べています。
 「Y税理士は、被相続人が海外資産を有する可能性が高いことを認識していたのであるから、原告らの相続税の申告に際して海外資産が相続財産から漏れることがないように、原告らに対して、海外資産に関する資料の提出を求めるとともに、そのような資料が手元に存在しないのであれば、海外資産の存否及びその内容を調査するよう指示すべきであった。」


 ところが、「Y税理士は、これらの措置を何ら執ることなく(かえって、東京国税局の税務調査が始まってからも、原告である相続人(妻)に対して、海外資産の調査の必要はないなどと誤った指示をしている。)、漫然と、相続人(妻)から交付を受けた被相続人の国内資産に関する資料のみに依拠して本件申告書を作成し、原告らの相続税を申告しているのであり、このようなY税理士の行為は、税務の専門家として適正に相続税の申告をすべき注意義務に違反したものであるといわざるを得ない。」

 そして、Y税理士の義務違反と相当因果関係のある損害として、相続人である妻に課せられた重加算税と、海外資産の隠ぺいを認定されたために相続税額の軽減を受けることができなくなった部分、合計1億円超の賠償を命ずる判決を出しました。

3)過失相殺
 これに対し、Y税理士側(Y税理士の相続人ら)が控訴したところ、東京高裁は、「Y税理士は、専門家として、被控訴人である相続人(妻)から被相続人の死亡に伴う相続税の申告業務を委任され、被相続人が海外資産を保有する可能性が高いことを認識していながら、相続人(妻)に対し適切な指示を行わないまま海外資産を除外して本件申告書を作成、提出し、しかも、税務調査の段階では相続人(妻)から海外資産の調査を提案されたにもかかわらず、必要がない旨誤った指示をしたのであって、Y税理士の過失の程度は決して軽いものではない。」としながらも、相続人(妻)が、内容の詳細はともかく、被相続人が海外資産を保有していることを知っていながら、当初の申告に当たって、Y税理士に対しこの事実を伝えず、自ら調査確認もしていないという事実を指摘しました。

 そして、「被控訴人である相続人(妻)は納税義務者本人であり、海外資産の存在を認識していた上で、Y税理士がこれを除外した申告をすることを認識していたのであるから、Y税理士に働きかけ、又は自ら調査確認するなどして、海外資産を相続税の申告に反映させる義務があり、これにより隠ぺいに基づく申告を是正あるいは防止することができたといえるのであって、たとえ税法の知職が不足していたとしても、海外資産の存在を認識していながらこれを申告せずに済ませることを正当化できない立場にある。」と述べ、重加算税を賦課され、かつ、配偶者としての軽減措置を受けられなかった部分があることについて、相続人(妻)にも過失相殺の対象となる相応の過失があったというべきであるとして、「損害の分担における衡平の観点から考慮して双方の過失の程度を勘案すると、3割の過失相殺をするのが相当である。」と判断しました。

リスクやトラブル回避のため重要なポイントは書面化する

(検討)
 相続税法上、国内財産のみならず、海外財産も、申告納付の対象とされています。税務に関する専門家である税理士には、適正な税務申告をすべき義務があると解されていますから、海外財産の存在を認識していながらそれを除外するという違法な申告をした場合には、裁判所は非常に厳しい判断を下します。本件では、高裁で過失相殺がなされていますが、事案によっては、過失相殺がなされないケースも多々あります。専門家が違法な申告を行うことは、極めてリスクが高く、避けるべきです。


 このように、相続財産の存在を認識しながら、あえてそれを除外することは論外ですが、相続人から、国内財産についてのみ資料が提出され、税理士も、海外財産について認識しておらず、その認識に基づいて相続税申告をしたところ、実は海外財産が存在したことが後になって判明した場合、税理士は法的な賠償義務を負うでしょうか。

 私見では、税理士が海外財産について認識できない状況下では、賠償義務を負うことはないと思いますが、もしかしたら相続人は、「海外財産も対象になるとは知らなかった。先生から聞かれていたら、ちゃんと資料を用意した。」と言ってくるかもしれません。あるいは、「海外財産もあるとお伝えしたのに先生が漏らしてしまった。」と言ってくることも考えられます。

 そこで、そのようなリスクやトラブルを避けるために、相続税申告の受任に際しては、相続人が把握している国内財産・海外財産について全て記載してもらい、その旨のサインをもらっておくとよいでしょう。税理士賠償の事件は、言った言わないの話が非常に多いですから、重要なポイントについては書面化し、いざというときの立証に使えるよう備えるべきと思います。

 アドバイザー/内田 久美子 弁護士

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