相続トラブルを回避する遺言書のポイントと注意点
2016/09/29
遺言書で争いを防止する
子どもたちが親の財産をめぐって対立し、その後、親戚付き合いができなくなるケースがよく見られます。争いは財産が少なくても起こり得るものです。こうした遺産分割をめぐる争いを防止するためにも、遺言を作成することが必要です。
遺産は法律で定められた法定割合で相続するように規定されていますが、遺言があればこの法定相続割合に従わず、例えば長男にだけ多くの財産を譲ることもできます。また、誰にどの財産を渡すのか、財産の特定ができますので「この事業は長男に継がせたい」「あの土地が欲しい」など、被相続人・相続人の意思を尊重することが可能です。
しかし、遺言には限界もあります。「長男に全財産を相続させる」などの簡単な文言でも遺言としては有効ですが、長男以外の相続人にも、相続財産を一定の割合で受取る権利があります。この割合のことを「遺留分」と呼びます。長男以外の相続人は「遺留分」があるので、相続開始後にその分を取り戻す権利を持ちます。
なお、遺言によって遺留分の権利を侵害するような結果になっても、その遺言は有効で、無効になるわけではありません。遺留分減殺請求をする権利は遺留分を侵害されたことを知った日から1年で時効となります。相続開始を知らなかった場合でも10年で時効を迎えます。また、生前に「すでに十分なことをしてもらったので、遺産は一切要求しません。相続を放棄します」という念書を書せても無効です。生前に相続放棄はできません。
遺言書のポイントと注意点
(1)「遺贈する」ではなく「相続させる」
①「相続させる」旨の遺言の効果
財産について「相続させる」旨の遺言があった場合には、その財産については遺産分割協議などの手続きを経ることなく、その遺言者の死亡と同時にその遺言で指定された相続人が、財産を相続によって取得します。
②「遺贈する」旨の遺言の効果
イ、遺言執行者がいない場合
例えば、遺言書に「不動産を遺贈する」とあった場合、相続人全員の印鑑証明書と実印の捺印された委任状を添付しなければ、その不動産の所有権移転登記はできません。つまり、遺産分割協議書作成と同じ手続きが必要になってしまいます。
ロ、遺言執行者がいる場合
遺言執行者の印鑑証明書で所有権移転登記ができます。
(2)予備的遺言を考える
相続人の高齢化にともない、親より相続人の子どもが先に亡くなることも考えられます。例えば、父親と子ども2人(長男・長女)の3人家族で、父親は長男に財産を残したいと考え、「……全財産を長男○○に相続させる」といった遺言書を作成。その後、長男が父親より先に亡くなった場合、父親の財産をすべて孫(長男の子)が受け取れるかどうか―という争いがありましたが、最高裁は平成23年2月22日の判決で、孫は父親(祖父)の財産をすべて相続することはできないとしました。相続人である長男が先に死亡している場合、父親の財産は法定相続人である長女が2分の1、父親の孫(長男の子)が2分の1相続することになります。
もし、長男に万が一のことがあった時、長男の子に財産を残してあげたいと考えている場合は、「……全財産は、すべて長男○○に相続させる。ただし、万が一、長男○○が遺言者の相続開始時において、すでに亡くなっていた場合には、長男の孫△△にすべてを相続させる」と付け加えます。これを「予備的遺言」と言います。なお、長男が亡くなった時に遺言書を書き直すことも可能ですが、その時に被相続人である父親に遺言能力のない場合は、書き直すことができません。
(3)借入金の負担者も記載する
借入金などの債務は、法律上、債権者である銀行などの同意がなければ特定の相続人だけのものとはならず、法定相続人全員の債務とされます。一般的に債務を欲がるような人はいませんので、実際に多くの遺言書を見ても債務者を誰にするかが明示されているケースは多くありません。
しかし、相続税対策を目的にアパートやマンションの建築資金について借入をした場合、誰が借入債務を負担するかが明示されてないと、法定相続人全員で負担することになってしまいます。この結果、アパートやマンションを相続した相続人は、借入金の全額を控除することができず、相続税が高くなります。遺産分割協議ができれば、更正の請求や修正申告は可能ですが、それでは遺言書を作成した意味がありません。
(4)相続財産を共有にしない
兄弟などで不動産などを共有にして相続すると、兄は土地を有効活用したい、弟は売却したいなど、兄弟の意見が分かれた時に何もできなくなります。子供や妻に残したい財産がある場合は、例えば自宅は老後の生活を考えて妻に、次男の家が建っている土地は次男に、といった具合に所有者を特定することが大事です。できるだけ共有ではなく分割することで、各相続人がそれぞれの判断で相続財産を自由に処分・利用できるようにしておきます。
(5)納税方法や二次相続を考えた分割方法を検討する
相続税の納税まで考えず、相続財産を安易に分割させてしまうと、相続した財産によっては相続税を納税できないケースがあります。また、母親の二次相続まで考えた分割方法を考えないと、二次相続の時に相続税が跳ね上がることも考えられます。遺言書を作成する前に、事前の周到な相続対策が欠かせません。
(6)付言事項には法的効力はないが記載すると良い
付言事項を活用すると、遺言書を読んだ相続人たちを慌てさせず、相続人同士の対立を予防する効果があります。そのため「付言事項は法的な効力はないが記載するとよい」と言えるでしょう。付言事項として、次のような文面が考えられます。
一、長男は、家の跡を継ぎ事業の発展に貢献してくれました。また、私の食事や介護などの面倒を見てくれましたので、長男に財産を多く遺しました。次男、長女はそのことを理解して相続分では不足があると思いますが、そのことを考えて相続分以上の財産を要求しないように話をしましたが、忘れずに実行することを望みます。
一、長年にわたり、私の食事、介護に尽くしてくれた妻と長女に感謝しています。また、愛情をこめて育てた長男、次男もそれぞれ家庭を築き幸せに過ごしていることを嬉しく思います。財産の多くは長女に渡すことになりましたが、遺産で長女と争うことのないようよろしくお願いします。素晴らしい妻、長女、長男、次男、孫たちに心から感謝し、幸せな人生をありがとう。
遺産分割は、個々のケースによって効果的な方法が異なります。だからこそ、遺言書を作る場合には専門家のアドバイスが欠かせません。すでに遺言書を作成していても、遺言書は何度でも書き直すことができますので、お客様の家族や財産に変化があった場合などは、遺言書の見直しをアドバイスしたいところです。
アドバイザー/深代 勝美 公認会計士・税理士