突然の相続発生で譲渡所得税が・・・ 他人事ではない 国外転出時課税
2016/07/22
昨年7月から施行された「国外転出時課税制度」が、資産家や会社オーナーの相続に新たな課題を提起している。というのも、資産家や会社オーナーが亡くなり、自身が保有する国内企業が発行した株式などの有価証券等を国外にいる子等が相続する場合、その有価証券等の譲渡があったものとして「所得税」が亡くなった資産家や会社オーナーに課税されるためだ。相続税とは別の手続きで、しかも税負担が生じる可能性があるため、何の準備もしないまま相続が開始すれば、国外にいる子はもちろん、他の相続人や関係者が戸惑うのは必定といえる。そこで、国外転出時課税の落とし穴にハマらないためのポイントを検証する。
1、国外転出時課税とは
国外転出時課税とは、合計で1億円以上の所定の有価証券等を所有する資産家が対象者となる税制です。課税が問題になるのは、次の3つの場面です(所得税法60条の2、同60条の3)。
①その居住者が国外へ出て国内に住所が無くなる場合
②その居住者の保有する有価証券等を国外にいる子等(非居住者である親族等)へ贈与する場合
③その居住者の死亡で有価証券等が国外にいる子等(非居住者である親族等)に相続又は遺贈される場合
この時、保有する有価証券等の譲渡があったものとして、その含み益に譲渡所得税等が有価証券等の保有者である居住者に課税されます。この制度はもともと、国内なら本来課税される有価証券等の譲渡益に対して、非課税である外国へ出て、そこで有価証券を売却するなどして得た譲渡益に対し、課税を受けない事例があり、国際的な協調でこれを防ぐために新たに作られたものです。
このうち③のケースでは、申告手続きをする期限、有価証券等の価額については次の通りとなります。
【③のケース】
その居住者の死亡で有価証券等が国外にいる子等(非居住者の親族等)に相続・遺贈される場合
【申告手続きをする者】
相続人(準確定申告)
【期日】
相続の開始を知った日の翌日から4か月以内
【価額の時点】
相続開始時
<ポイント1>
「何やら、面倒な制度が施行されたものだ…」と文句を言っても仕方ありません。まずは、どんな時に困るかを考えましょう。①や②のケースは資産家や会社オーナー自身がコントロールできます。したがって、あらかじめ国外転出時課税のことを織り込んで行動することができます。
問題なのは③です。国内の資産家や会社オーナーによもやの相続が発生し、国外に留学していたり国外の現地法人の役員等の役職に従事している子等に有価証券等が移転する場合、思いがけない税負担が生じる可能性があります。申告期限までの時間もあまりありません。
2、相続時に対象となる被相続人・有価証券等
相続又は遺贈の時に国外転出時課税の課税対象となる資産家や会社オーナー(一定の居住者)とは、原則として相続又は遺贈の日前10年間のうち、国内に住んでいる期間が5年超である人です。そして、この人が相続又は遺贈の時において1億円以上の有価証券等を保有していると課税されることになります(所得税法60条の3第5項)。注意したいのは、合計額が1億円以上と判定される有価証券等とは、被相続人が相続又は遺贈の日において有している上場株式をはじめ非上場の同族会社の株式、国債等の債権などのほか、未決済の信用取引、未決済デリバティブ取引のすべてが含まれている点です。非居住者である親族等が取得した有価証券等を含めて判定することになるのです。
申告までに対象となる有価証券等に関し相続人間で未分割の場合には、法定相続分で申告することとされています。
<ポイント2>
非居住者である親族等がいる場合、相続又は遺贈の時に国外転出時課税の対象となるかどうか、有価証券等の価額が1億円以上となるかどうかが一つのポイントとなります。このため手始めに有価証券等の価額につき評価等の作業をする必要があります。特に、非上場株式の会社オーナーが被相続人であれば、その会社の非上場株式の評価をする必要が出てきます。申告期限は相続の開始から4か月以内ですから、会社の資産規模が大きく、評価自体に時間がかかるようだと申告期限に間に合わないことも予想されます。
会社オーナーが事業承継を重要な課題として捉え、すでに対策に向けた会社の株価算定等を始めていれば、恐らくデータ等も揃っていることでしょう。後継者候補に関する考えまで固まっていれば、ある程度、相続又は遺贈の時の国外転出時課税の“準備運動”ができている状態だといってもよいかもしれません。もっとも、その社長が自身の会社以外の有価証券等を多く保有している場合は、その状況把握が必要となります。
一方、事業承継対策を全く講じていない場合は、少なくとも会社オーナーの保有する有価証券等について、財産債務調書等を利用するなどチェック体制を整えておくことが望ましいといえます。その上で、相続時の遺産分割についても考えておくことも必要ではないでしょうか。
なお、平成28年度税制改正では、法定相続分で申告した後、遺産分割協議が整い、有価証券等の相続につき異動が生じたことにより税額が異なることになった場合には、修正申告又は更正の請求をすることができるようになりました(所得税法151条の6、153条の5)。
3、課税の取消ができる場合
相続時の国外転出時課税においてみなされた譲渡等がなかったものとして課税の取消ができるのは、相続等により有価証券等を取得した非居住者である親族等に相続の時から5年以内に次のようなことがあった場合です(所得税法60条の3第6項)。
なお、5年以内に帰国などをしなかった場合には、取消しできません。また途中で対象有価証券を譲渡した場合には、譲渡した範囲で取消しができなくなります。
<譲渡がなかったものとされる有価証券等>
①全員が帰国した場合(国内に住所等を持つこと)
→当該受贈者等が当該帰国の時まで引き続き有している有価証券等又は決済していない未決済信用取引等若しくは未決済デリバティブ取引
②国内の居住者に対象有価証券等を贈与した場合
→当該贈与による移転があつた有価証券等、未決済信用取引等又は未決済デリバティブ取引
③死亡したことにより相続が開始し、新たに対象有価証券等を取得した相続人・受遺者が全員国内に住む居住者になった場合
→当該相続又は遺贈による移転があつた有価証券等、未決済信用取引等又は未決済デリバティブ取引
4、納税猶予制度は担保に注意!
相続時の国外転出時課税制度には、納税猶予制度が設けられています。猶予期間は5年間で、延長の届出をすると最高で10年間猶予されます。資産家が亡くなって相続等により国外の子弟等へ対象の有価証券等が移転し、資産家本人に対し国外転出時課税が生じた場合には、国外にいる子弟等の全員が納税管理人の届出をし、猶予される所得税等を保全するための担保を提供すると、納税猶予の適用が可能になります。
手続きは、確定申告の際に納税猶予適用を受ける旨を記載するとともに、所定の「国外転出等の時に譲渡又は決済があったものとみなされる対象資産の明細書(兼納税猶予の特例の適用を受ける場合の対象資産の明細書)《確定申告書付表》」・「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例等に係る納税猶予分の所得税及び復興特別所得税の額の計算書」を添付、猶予される所得税と利子税の税額の担保を提供することが求められます。さらに、納税猶予期間中は、毎年の12月31日現在の対象となる有価証券等の状況について「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例等に係る納税猶予の継続適用届出書」を翌年3月15日までに税務当局に出すことも求められます(所得税法137条の3)。
納税猶予のメリットは、次の2つがあります。
①その期間中に譲渡等した際の対象有価証券等の譲渡価額が相続開始の時の価額よりも下落しているときは、譲渡等の日から4か月以内の更正の請求をすることで譲渡価額を相続の時の価額として再計算し税額を減額できる。
②納税猶予期間満了まで保有していた有価証券等の価額が、国外転出時課税を受けた時よりも下落している場合にも、満了の日から4か月以内の更正の請求をすることで満了日の価額を相続時の価額として再計算し税額を減額できる(所得税法60条の3、第8項、第11項)。
<ポイント3>
確かに納税猶予にはメリットがあります。しかし、よもやの相続が発生し、国外転出時課税の申告時までに納税猶予の適用を受けようと思っても、担保が必要となるため、やはり戸惑うことが考えられます。もちろん不動産担保や会社自身が保証をすることで担保とすることは不可能ではありません。
しかし、相続財産のほとんどが同族会社の非上場株式で、ほかに適当な財産がない場合には、非上場株式を担保提供することになります。ただし、非上場株式の担保提供では引渡しが前提であるため、株券が発行されていない場合には、発行しておくことが必要となります。譲渡制限が付けられている場合には、会社の定款等の変更をして譲渡制限を外す必要も生じてきますので、事前にチェックしておく必要があるでしょう。
アドバイザー/税理士法人タクトコンサルティング