一般社団法人の課税逃れは封じられたか?
2018/05/14
一般社団法人を設立して相続税の課税を逃れる節税策に待ったをかける改正が、平成30年度税制改正で行われたといわれています。この改正で見直されたのは、個人財産が一般社団法人等に注入される入口段階での課税と、個人財産が注入されてしまった後の保有段階での課税の二つの点ですが、ほんとうにそれでこの節税策に待ったがかかったのでしょうか。改めて考えてみましょう。
入口段階での課税の効果
課税逃れ封じの一つは、個人財産が一般社団法人等に移転する入口段階での課税です。これは、個人財産の法人への移転を租税回避とみなして、法人に贈与税等を課税しようとするものです。個人が一般社団法人等に財産を贈与した場合に、贈与税等を不当に減少させる結果とならない一定の要件はすでに以前から定められていますが、今回の改正では、その要件のうち一つでも満たさないときには贈与税等を課税するとされました。この要件を完璧に満たそうとすると、組織を私物化できないようにして、贈与財産を贈与者から完全に分離したものとしなければなりませんので、課税を受けて財産を守るのか、それとも課税を受けずに財産を失うのかの岐路に立たされているように見えます。
しかし、この対象になるのは、一般社団法人等のうちでも公益社団法人等や非営利型法人を除く、会社並みの課税を受ける法人とされており、もともと贈与による受贈益に対しては会社と同じように法人税等の課税を受ける法人ですから、要件を満たさなかったからといって、法人税等に加えて税率の高い分贈与税等の課税を受けるだけのことで、致命的な打撃を被るわけではありません。
ちなみに、一般社団法人等には、私物化を前提としない非営利型法人と、私物化が可能な会社並みの法人の二つの種類があり、私物化を前提としない非営利型法人の方は、今回の改正の対象にはなっていませんので、今後は非営利型法人を使おうとする節税策が増えてくるかもしれません。しかし、非営利型法人でも今までの不当減少課税制度を厳格に運用することによって、贈与税等の課税ができないわけではありません。また、非営利型法人といっても、相続税の節税目的である限り、いずれ非営利型法人であることに耐えられず、馬脚を現すときが来るはずです。そのときには、会社並みの一般社団法人として、受贈益等を含んだ純資産に対する法人税等の課税が行われますので、これで安泰とはいきません。
ところで、この改正は平成30年4月1日以後に贈与等を受ける財産に適用するとされています。それ以前の贈与等についてはまったくおとがめなしということでしょうか。とすると、“やった者勝ち”ということになり、課税の公平は地に堕ちてしまいます。これに対しても今までの不当減少課税制度を厳格に運用して課税することは可能なはずです。
保有に対する課税の効果
課税逃れ封じの二つ目は、個人財産が注入された後の一般社団法人等の保有段階における財産に対する課税です。これは、私物化された法人において、同族理事の持分が擬制され、死亡とともに法人に遺贈されたものとみなされます。そのときの法人の純資産を同族役員の数で頭割りして、遺贈を受けたものとして法人に相続税を課税するというものです。
何も対策を講じなかった場合、この課税によって、相続財産がどうなっていくのか、ざっと試算してみましょう。仮に祖父と父で支配している純資産100の一般社団法人で、祖父が亡くなったとすると、遺贈分50に税率50%の相続税がかかると、純資産が75に減ります。次に子が加わり、父と子で支配して父が亡くなると、遺贈分38に50%の相続税で、純資産は56に減ります。さらに、孫が加わり、子と孫で支配して、子が亡くなると、遺贈分28に40%の相続税で、純資産45に減ります。三代で財産がほぼ半分以下になってしまう計算です。
この課税の対象となる一般社団法人等を、特定一般社団法人等といっています。これに該当するのは、相続開始の直前における同族役員数の総役員数に占める割合が2分の1を超えている法人か、相続開始5年以内において、同族役員数の総役員数に占める割合が2分の1を超える期間の合計が3年以上であることです。同族役員とは、一般社団法人等の理事のうち、被相続人、その配偶者または3親等内の親族その他当該被相続人と特殊の関係がある者(被相続人が会社役員となっている会社の従業員等)となっています。
一般社団法人等のうちでも公益社団法人等や非営利型法人は理事総数に占める同族理事の割合が3分の1以下であることが求められる法人ですから、特定一般社団法人等に該当するのは、非営利型法人でない私物化が可能な会社並みの課税を受ける法人です。
ところで、ここで税法が問題にしているのは、理事の割合であって、監事は問題にしていませんし、理事や監事を選任する社員や評議員も問題にしていません。たしかに、一般社団法人等において、理事が最も重要な地位であることは間違いありません。一般社団法人等を実際に運営していく権限を持つのは理事なのですから。
相続税逃れの目的で一般社団法人等を設立したら、父と子が、あるいは孫が理事について、法人を運営し守っていくのが自然体だと税法が考えたとしても何の不思議もありません。しかし、果たしてそれで課税逃れを封じることができるでしょうか。
たとえば、理事は親族外の者を選任して、社員を親族で固めて、いつでも理事を解任できるようにしておけば、一般社団法人等を実質的に親族で支配しながら、相続税の課税を免れることができるのではないでしょうか。そうした場合、親族外の理事が、合法的に法人の乗っ取りを画策するリスクはありますが、そのための防衛策をきちんと取っておけば、乗っ取りは防げます。
一般社団法人等を親族で支配して相続税等の課税を免れようとするのを防ぐには、理事の割合だけでなく、社団であれば社員、財団であれば評議員の議決権の割合も視野に入れる必要があるのではないでしょうか。これまで旧制度の下で、相続税法の解釈により、経済的価値のある社員の持分相当のものに相続税の課税があるはずだとされてきたのが、この見直しによって払拭され、むしろ安心して一般社団法人等を使えるようになったのではないかとの声も聞かれます。
また、今回の見直しが平成30年4月1日以後の適用になっていたり、平成30年3月31日以前に設立された法人には平成33年4月1日以後適用するとなっている点など、一般社団法人等を使ったこれまでの節税策に“やり得感”を与えたような格好になっているのも釈然としないという声が聞かれます。まさか国税が一般社団法人等を使った節税策を盛んに売りまくった金融機関やコンサル会社の立場を忖度したということはないでしょうが、疑いたくなるような経過措置になっていることは否めません。
筆者:田中義幸 公認会計士・税理士