第2回 遺留分を侵害する家族信託契約はできるのか
2018/07/20
家族信託を利用するには「信託の基本」を知ることが大事
税理士の方が、顧客の人に、家族民事信託を奨めるにあったては、先ず、家族民事信託の役割とともに、信託の基本(本質)を理解して説明する必要があります。
専門家の中には、家族信託は、家族の人(受託者)が、高齢者の財産の信託譲渡を受けて、受託者が自分をも含め家族のためなら何でもできる仕組みであると説明している人もいます。しかし、家族信託は、そのような制度ではありません。私から言わせれば、信託がいかなるものかをまったく理解していない人の言葉です。
確かに、私も、「信託制度は、私たちの生活を支える広がりのあるしかも懐の深い制度である。信託は、基本的な仕組み、それに信託の本質に反しない限り、当事者が望むいかなるスキームでも設計できる広遠な制度である。それは、単なる平面的な変化にとんだ制度というものではなく、民法の考え方では構成できない法律構成もできるなど、奥が深い法制度なのである。信託は、特定の人が、特定の財産の管理や活用について、達成したい目的があれば、さまざまな選択肢があり、しかも他の法制度と組み合わせも可能なのである。」と説明しています(拙著「新訂 新しい家族信託」あとがき)。
ただ、ここで申し上げているのは、「基本的な仕組み、それに信託の本質に反しない限り」ということです。家族信託では、この信託の本質を守ることが最も大事で、信託契約を創造しアドバイザリーの役割を果たす人も、また実際に信託に携わる人全員に求められることなのです。
信託法改正にあたって、法務省の民事局長は、「信託においては、基本的に、受託者に対する信認というものがその制度の本質になっている。」「一定の目的によって拘束がかかっている状態に財産を置く、この財産を置かれて管理を任された人が、それをきちっと管理運用して、何かの目的のためにその財産が使われるということがまさに信託の本質なのである。」と説明しています。
■ 遺留分を侵害する遺言は作成できるが、家族信託ではどうか
今日も、家族民事信託の相談がありました。85歳になる相談者の相談内容は、「民事信託を使って高齢の私をいじめている二人の娘に、私の一切の財産を相続させない遺言を作ってください。」というものです。なお、ここでいう「遺言」というのは、「遺言代用信託」(家族信託のほとんどが、この遺言に代替する信託契約です。)と理解していただければ、判りやすいと思います。
遺言公正証書を作成するにあたって、遺留分を侵害する遺言は作成できますが、家族信託契約ではどうかという問題があります。信託契約は、信託の本質に反しない限りいかなる内容の資産承継の仕組みをも作り上げることはできます。しかしながら、そこは各種法制度を遵守し、誰からも「法律を守っていない。」などとの批判を受けないように努める必要があるのです。上記の相談者の話しを聞いた限りでは、二人のお子さんは、相談者を親とも思っていない目に余る不誠実な行状がみられ、相談者が一切財産を相続させたくないというのも最もだという気持ちになりました。
しかし、法に携わる者としては、お子さんの遺留分は無視できません。他の受遺者(信託の場合は、帰属権利者等)が、「あとは自分が解決します。」と断言していたとしても、それを信じて、全財産を第三者に帰属(遺贈)させることは無謀です。
遺留分の問題は信託契約の中で、あるいは遺言で解決する
遺留分を侵害する信託契約は作成できるかという質問の答えですが、もちろん可能です。しかしながら、家族民事信託を利用するのであれば、信託契約の中で手当てをするか、あるいは別に作成する遺言での手当てが必要だと申し上げておきます。
したがって、上記の相談者には、遺言等で手当てをしない限り、そのような信託契約書は作成できませんと説明させてもらったのです。それは、遺言と違って、一時的に法律関係を処理解決するのではなく、信託においては継続的に一定の法律関係のもと長期間にわたり事務処理がなされるからです。その契約が、各種の法制度が遵守されずに、あたかも腫瘍を抱えたまま生き続けるのは、いつ機能不全に陥るか常に不安が残るからです。
実は、いま一つの理由があるのです。家族信託では、金融機関に「信託口座」を開設して信託財産である金銭をそこに移動し、分別管理する必要があるのです。それが、遺言による手当てもなく、遺留分を害しているような信託契約では、金融機関はその信託口座を開設はしてくれないのです。そこで、家族民事信託を活用する限り、最小限、遺言での手当てが必要なのです(前掲「新訂 新しい家族信託」87ページ参照)。
改正民法(相続法)で遺留分制度が大きく変わる
超高齢社会を受け、約40年ぶりに民法の相続分野が大幅に見直されることになり、民法改正案など関連法案が6月19日、衆院本会議で可決、参院に送付されました。
この改正案で遺留分制度が大きく変わることになります。せっかく作った信託契約が取り消されては大変だと今悩んでいる高齢者にとって、2つの面で笑みも浮かびそうです。
その1は、遺留分減殺請求制度が、「遺留分侵害額請求制度」にかわることです。これにより、これまで減殺請求によってもたらされていた不動産の共有や株式の準共有が回避できることになります。それに、手持ち資金がなければ、裁判所の判断によるのですが、支払いを延期してもらえる仕組みもできます。
その2は、世話をしている人や後世を託せる人に金銭や不動産を生前贈与した場合、相続人以外であれば1年間、相続人であれば10年間を超えれば、遺留分の算定の対象から外れるのです。ただし、加害意思がある場合は別です。
この相続法の改正は、税理士の先生方にとっても大事な新法になるようです。この改正法は、時間をおいて施行されます。これが成立し、新法が施行されるまでは、遺留分減殺請求には留意が必要です。