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相続対策と事業承継を実現! 『家族信託』の活用事例を紹介

第3回 家族信託は信託の目的で決まる ~親なき後支援信託での相続対策には限界がある~

2018/08/17

家族信託では信託設定の目的が大事
 ある税理士の人が、自らを受託者とする家族信託契約を締結したのですが、信託口座を開設するために、その信託契約書をある金融機関に持ち込んでこられたことから、それを私がリーガルチェックしました。


 委託者Sさんは、80歳近い女性で、家族は、知的障害を持つ40歳代のお子さん一人。財産は、2LDKの中古マンションと預金2000万円でした。信託設定の目的は、遺言代用型の親なき後支援信託であり、信託の要件事項もほぼ網羅されており、受託者の資格以外、問題のない事例でした。

 リーガルチェックには、いくつかのポイントがありますが、それぞれの金融機関によって異なります。しかし私の場合は、基本は、それが「正しい生きた信託か」を念頭に置き、信託設定の目的は何か、信託の3つの成立要件が満たされているか、それに長期的に機能する信託の要件事項が確実に網羅されているかを見ます。

信託の実務は「信託の目的」で生きる
 信託の目的は、信託の命です。受託者が信託事務を処理する上で従うべき指針であり基準ですから、信託行為には、「信託の目的」は必ず「具体的に」しかも「権限外行為が分かるように」定めなければならないのです。

 それは、設定された信託にあっては、受託者は、信託効力発生後、信託行為で定められたこの信託の目的に拘束され、これを実現するため事務処理をすることになるのです。そこで、具体的に受託者が何をなすべきか、事務処理の指針及び基準となる「特定された信託の目的」を定めることは不可欠です。そのため、単に「信託財産を管理処分する目的」では信託の目的とはならないのは言うまでもありません。

 この信託の目的は、受益者にとっても得られる権利は何か、その範囲等も知ることができますし、また受託者にとっては絶対的であり、これと異なる事務処理や受益者の要望には応えることができないという、信託にとっては最も大事な信託の指針や行動基準が含まれていないからです。

持ち込まれた信託契約書の目的は、次のように記載されていました。
 「この信託の主たる目的は、委託者が老齢で判断力の低下があったとしても、信託した財産を受益者らのために管理・運用・処分を行うことによって、残される長女を護っていって欲しいという委託者の現在の意思を反映した財産管理を継続することで、受益者の生活・介護・療養等に必要な資金を給付し、受益者が心身共に健やかに過ごせる環境を整えることが本件信託に込められた願いである。」


 その文面からは、委託者の願いはくみ取れるし、本人や家族の中で判断能力等が不十分な人の財産を管理し活用する「後見的な財産管理」の機能を使う家族信託であることは判るのですが、何かいま一つ焦点が定まっていないようにも取れる事例でした。

 ところで、この種事例の信託の目的は、一般に「本信託は、受益者である委託者本人及びその長女の安定した生活と福祉を確保することを目的とし、後記信託財産を管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行うものとする。」となっていますし、さらに「この場合、受託者は、後継受益者である長女の幸福を第一に考えて信託事務を処理するものとする。」として、複数受益者に対する受託者の取るべき事柄など信託設定の目的を明確にすることが大事と言えます。

この種信託で相続対策をとれるか
 この信託契約については、受託者である税理士T氏の信託業法の抵触の問題はありましたが、この点(税理士の人が1件しか信託の受託をすることが業としての信託の受託といえるか否かの問題)は公正証書作成時公証人によく検討していただくことにし、他に大きな問題点もなく、公正証書が作成された場合には信託口座を開設することに問題はないとして回答しました。この信託契約については、都内の公証役場に持ち込まれて公正証書が作成されて、その後信託口座が開設されたという説明がありました。

 ところが、それから6か月後、当該金融機関から次のような問い合わせがあったのです。

 信託口座を作成した家族民事信託の件で、「受託者である税理士T氏から、相続対策として、金融機関から融資を受けて賃貸用不動産を購入したいといってきている。」「先に見ていただいた信託契約で可能でしょうか。」という質問でした。

 それを聞き、何故、相続対策が必要なのか疑問に思ったのですが、それ以上確認はしていません。結論が見えていたからです。

 そもそも、この信託は、親なき後の支援信託です。どこにも相続対策を考えた条項はありませんし、信託の目的も信託財産に見合った生活の支援になっています。しかも、その子供に遺される財産を考えた場合、高額な相続税がかかることは考え難い事例でもありました。

 そこで私は、「本信託設定の目的は、親亡き後支援信託であり、信託の目的にも相続対策をうかがわれる内容はない。したがって、受託者が相続対策のために信託財産を運用することはできない。」と回答しておきました。

 もちろん、受益者の長期にわたる支援のために、その住まいとしてグループホームを建築して、お子さんを住まわせるという事例もありますが、それは例外です。そのような信託であれば、信託の目的にはそのような意思表示が不可欠です。

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