第6回 父母に対する扶養義務を考えた信託受益権と課税問題 ~税法を知らない危うい事例~
2018/11/09
リーガルチェックの依頼
最近、弁護士のJ氏から「金銭等の管理処分に関する信託契約書」のリーガルチェックを依頼された。添付の資料には、信託契約の関係者は、50歳代の委託者S氏と受益者がその両親、受託者がS氏の長男T氏であり、信託財産は、S氏が交通事故の被害に遭いその損害賠償金であるとある。
提供された信託契約書の文案を確認すると、「受益者及び受益権」と見出しのある条項に、「第1項 本信託の第1次受益者は、委託者の父A及び母Bとする。この場合の受益者両名の受益権の割合は均等とする。」「第2項 第1次受益者両名の死亡後、委託者Sを第2次受益者として受益権を取得させる」「第3項 受託者Tを残余財産の帰属権利者とする」とあり、また「信託給付の内容」の条項には「受託者は、本信託財産の適切な管理を行い、信託財産である金銭をもって、受託者が相当と認める額の生活費等を受益者に交付し、また受益者の医療費、施設利用費等を支払う」とあり、いささか受益者の定め方に違和感を覚えた。
税理士のアドバイス
そこで、早速、J氏に電話して、かかる定めにした事情を確認したところ、J氏は、「子は、父母に対して扶養義務があるので課税されない。」との税理士のアドバイスがあり、そこで、第1次受益者は、生活費等を必要とする委託者の父A及び母Bとしたという。
確かに、「扶養義務者相互間において生活費に充てるために贈与を受けた場合に、その者の通常の日常生活を営むのに必要な費用である生活費については、贈与税の課税対象とならない」「子が自らの資力によって居住する賃貸住宅の家賃等を負担し得ないなどの事情を勘案し、社会通念上適当と認められる範囲の家賃等を親が負担している場合には、贈与税の課税対象とならない」との「法令解釈に関する情報」はある。
しかし、S氏が両親に与えようとしているのは、「信託受益権」である。
所得税法第13条第1項は、「信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限る。)は当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして、この法律の規定を適用する」と規定し(法人税法第12条第1項も同旨)、相続法第9条の2・第1項は「信託の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいう。)となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす」と定めている。
扶養義務と信託受益権
信託では、上記のように「受益者課税制度」が取られ、しかも、信託受益者は、委託者から信託受益権を贈与されたものとみなされて、贈与税が課税されることになる。
子が、扶養義務の範囲で受益権を与えて、生活費を給付するのは、確かに課税の対象にはならない。しかし、本例における信託給付の内容は、条項上は生活費や医療費の給付とされているものの、扶養義務の範囲を限度にするなど受益権の割合がそこに限定されているわけではない。
しかも、「信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属」に関する通達には、「13-1 受益者等課税信託(法第13条第1項に規定する受益者(同条第2項の規定により同条第1項に規定する受益者とみなされる者を含む。)がその信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなされる信託をいう。)における受益者は、受益者としての権利を現に有するものに限られるのであるから、例えば、一の受益者が有する受益者としての権利がその信託財産に係る受益者としての権利の一部にとどまる場合であっても、残余の権利を有する者が存しない又は特定されていないときには、当該受益者がその信託の信託財産に属する資産及び負債の全部を有するものとみなされ、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用の全部が帰せられるものとみなされることに留意する(平19課個2-11、課資3-1、課法9-5、課審4-26追加)」とある。
結局、本件のような定め方をした場合、Sの父A及び母Bの両名は、当該信託に関する全部の権利を委託者S氏から各2分の一ずつ贈与により取得したものとみなされることになるのである。
したがって、本事案のような定め方は、税を考えると危険である。受益権を扶養義務の範囲を限度とすると定めたとしても同じであろう。
※なお、引用条文等は、判りやすくするため、一部括弧書き等を省略してある。