父の債権放棄で上昇した同族会社の株価は相続時の課税価額に含まれるか?
2023/02/03
相続時精算課税制度を適用して父から子へ同族会社の株式を贈与するケースがある。この場合、父が亡くなって相続が発生すると、相続税の計算上、贈与を受けた株式は原則として贈与時の価額で相続財産に加算される。しかし、父が亡くなる数年前に株式の発行会社に対して債権放棄したことで株式の価値が増加。この「株価上昇分」をめぐり、税務署と相続人の間で相続税をめぐるトラブルが起きた(国税不服審判所 令和4年3月16日)。
相続時精算課税制度は、その年の1月1日現在で60歳以上の父母・祖父母である直系尊属から、20歳以上の子・孫へ贈与がある場合に、贈与額2500万円までは特別控除により事実上贈与税が課税されず、それを超える金額の贈与には20%の税率で課税される。同制度の活用については、贈与した人と財産をもらった人の組み合わせごとに選択することが可能だ。
そして、財産の贈与者が亡くなって相続が開始すると、相続税の計算上、相続時精算課税制度で受け取った財産は「贈与時の価額」で加算する。例えば、令和2年に相続時精算課税制度を適用して6万円の株式を受け取り、令和9年に贈与者の相続が発生。会社の業績向上などによって相続時における株式の時価が13万円になっていたとしても、贈与された株式は6万円で相続財産に加算され、値上がり分の7万円は相続税の計算には含まれない。こうしたことから、贈与後に値上がりすることが確実視される資産については、相続時精算課税制度を使って贈与しておけば、一般的に相続税の節税になると考えられてきた。
ところが、今回のトラブルの事案では、父(被相続人)が相続開始前に、株式の発行会社に対して持っていた債権を放棄したことで、発行会社の株式の価値が増加。これにより、子(相続人)が相続時精算課税制度で受け取った株式の価値も上がったが、相続税を計算するに当たり、その株式は贈与時の価額で加算するのか、それとも債権放棄によって増加した株式の価値も加算するのか、その判断をめぐり争いとなった(本件はほかの争点もあるが、ここではみなし贈与により発生した「株価上昇分」の取り扱いに関するものに絞る)。
事案の概要
裁決書によると事案の概要は次の通り。
1、平成21年10月、請求人(相続人)は亡くなる前の父(被相続人)から、請求人自身が代表を務める同族会社A社の株式1万株などの贈与を受け、翌年(平成22年3月)の申告の際、所轄税務署に相続時精算課税制度の選択届出書を提出した。
2、平成23年6月、被相続人はA社に対して保有する貸付金債権の合計約5500万円を放棄する旨の意思表示を行った。その際、相続人はA社株を1万2600株保有していた。これはA社の発行済株式総数2万3000株の50%を超えていた。
3、A社は、平成22年7月1日から平成23年6月30日までの事業年度において、上記2の債権放棄に基づき債務免除益約5500万円を収益に計上した。
4、平成28年1月、被相続人の死亡により相続が開始。請求人は平成28年11月、相続税の申告書を税務署に提出した。
5、令和2年12月、税務署は請求人に対し、みなし贈与により発生した株価の価値増加分を相続財産に加算する内容の相続税の更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分をした。
税務署と請求人の主張
税務署は、被相続人の債権放棄による経済的利益が会社の株価を引き上げた点に着目し、「株主に贈与があった」とみなした。これは、対価を支払わないで利益を受けた場合、当該利益を受けた者が、利益を受けた時における利益の価額に相当する金額を、利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなすとする、相続税法9条の規定に基づく判断だ。
さらに、相続税基本通達9ー2⑶では、要旨「同族会社の株式の価額が、対価を受けないで会社の債務の免除があった場合に増加したときにおいては、その株主が当該株式の価額のうち増加した部分に相当する金額を、当該債務を免除した者から贈与によって取得したものとして取り扱うものとし、この場合における贈与による財産の取得の時期は、債務の免除があった時によるものとする」とされており、税務署はこの通達を踏まえ、被相続人の債権放棄によって株価の増加した金額については、相続時精算課税制度に基づき、相続財産に加算すべきと判断した。
しかし、請求人は、①株式の評価額の増加に相続税法第9条の規定を適用することは認められない、②贈与後の株価の価値上昇分に相続税法9条を適用して贈与とみなし、相続時精算課税制度の対象として相続財産に加算するのはおかしいとして、国税不服審判所(以下、審判所)にその是非の判断を仰ぐことになった。
審判所の判断
審判所は、相続税法第9条の趣旨について、「経済的利益の取得が、贈与契約によるものでないが、贈与契約による取得と同様の実質を有する場合に、贈与契約による取得ではないことを理由に課税することができないとするならば、課税の公平を失することになることから、その不合理を補うため」と解釈。そして、「株主等が同族会社に対する債務免除等によって株式等の価額の増加という経済的利益を取得しているにもかかわらず、株主等に対する債務免除等ではないとの理由で、株主等が取得した経済的利益に課税できないとすれば、課税の公平を失するというべき」と整理し、相続税基本通達9-2⑶について「そのような不合理を補う趣旨に基づくものと解され、相続税法第9条の規定の趣旨に沿う」とした。
次いで、審判所は上記の考え方をあてはめ、顧問税理士の提出した評価明細書から「請求人は対価を支払わないで、債権放棄の時において、被相続人から債権放棄による株式の評価差額2381万4000円を経済的利益として取得したものとみなされる」と認定した。
なお、請求人が問題としている点について審判所は、「株式のうち1万100株の贈与と本件債権放棄は別個の行為であって、株式贈与に対する課税と債権放棄に対する課税は異なる課税原因に基づくもの(中略)債権放棄による株式の評価額の増加は相続税法第9条の規定の適用がある財産の増加というべきであって、更正処分は株式の単なる評価額の増加を対象としたものではない」と述べ、「債権放棄に伴う株式の評価額の増加に相続時精算課税制度を適用して、課税することは相当である」と判断、請求人の主張を退けた。
相続時精算課税制度を利用して同族会社の株式を贈与することは、事業承継対策のひとつのパターンとされているが、今回の事案のように贈与後の株価上昇が、被相続人の会社に対する債権放棄などによる場合は、相続財産に株価上昇分も加算されるので注意しておきたい。