日税グループは、税理士先生の情報収集をお手伝いします。日税ジャーナルオンライン

MENU

相続・事業承継Vital Point of Tax

民事信託(家族信託)のニーズの一例と税理士に期待される役割②

2023/05/12

Ⅰ  民事信託の活用事例②

◎会社後継者を決めきれない

 信託は、多くの場合、積極的に承継先を決めたい場面で利用されます。遺言の代わりに使うことができる「遺言代用信託」と呼ばれる信託です。
 その逆に、信託は、決めきれない状況にも対応ができます。たとえば、後継者候補が複数いるものの、いずれがベストなのかを決められないまま、何ら対策を講じられずにいる創業社長がいたとします。この社長が死亡すれば、自社株は相続財産となり、会社経営に無関係な相続人も権利を主張することができるようになるなど、従業員や取引先にも多大な悪影響を及ぼしかねません。

 これを解決するために自社株の承継を譲渡や贈与で行う場合、場合によっては多額の買取資金や贈与税の納税資金が必要になります。また、遺言で承継させることもできますが、遺言を書いて欲しいと後継者や従業員の側から話を切り出すことは躊躇われるでしょうし、遺言では社長の生前に株を動かすことはできません。

 このように何もしないこと自体が高いリスクを孕む状況にこそ信託の利用を検討したいところです。信託は、譲渡や贈与と比較して、後戻りが容易です。気が変われば、契約内容を変更することも、終了させることもできます(逆に、後戻りできない信託を作ることも可能です)。

 たとえば、後継者候補が長男と二男だとします。社長は、第一候補である長男との間で自社株の信託契約を締結し、長男に株主としての権利を行使させます。もし、その後、長男は後継者として不適任であると判断したならば、二男に受託者変更したり、信託を終了させて株を社長に取り戻したりすることができます。信託会社や信託銀行も同じようなことを可能とする信託商品を取り扱っています。家族に受託者の負担を負わせたくない場合には、利用を検討するとよいでしょう。

◎親族外承継 → 親族内承継

 同族経営は、昨今「ファミリービジネス」と呼ばれ、その収益性の高さから注目を浴びています。そのような企業の中には、親族内承継を目指すものの、親族内に後継者がいないため、親族外承継やM&Aに流れざるを得ないケースが多いと聞きます。また、番頭等の従業員にいわば中継ぎとなってもらい、親族である後継者候補が成熟するまでの時間稼ぎを試みたものの、その番頭等が会社乗っ取りを企ててしまい、その株式の買取りのために多額の会社資金が流出することになったという例も聞きます。

 このような場合にも信託が活用できます。たとえば、オーナー経営者が番頭等との間で自社株を対象とする信託契約を締結します。これにより、番頭等が自社株の株主となります。経営判断は当面番頭等が行います(専用の法人を作ることもあります)。親族である後継者候補がいよいよ跡を継ぐことになったタイミングで信託を終了させるなどして自社株を承継させます。万が一、番頭等が反旗を翻し、株式の承継を拒んだとしても、受託者を別の者に交代させることにより、対価の支払い無くして番頭等から株式を剥奪することができます。


◎オーナー名義の事業用資産の利用の確保


 会社の事業用の土地建物等がオーナー個人名義のままであることがあります。この状態でオーナーに相続が起こると、その事業用資産はオーナーの相続財産となり、その相続人間での共有となります。それまではオーナーが事業を仕切っていたことから確実にかつ無償で使用できた資産が相続を機に利用が難しくなることが考えられます。

 対応としては、オーナーの生前に会社とオーナーとの間で賃貸借契約等の利用に関する取り決めをしておく方法もありますが、信託を併せて利用する方法が考えられます。信託を利用すれば、オーナーの相続処理の影響を受けることがありません。

 たとえば、賃貸借契約のみの場合はそのオーナーの賃貸人の地位が相続され、遺産分割ができるまでは法定相続人全員が賃貸人となり、相続人間で相続争いが起きれば、賃料の支払先が定まらず、また、必要な修繕の対応をしてもらえないなどの支障が生じます。

 一方、信託であれば、その資産の所有権は受託者が持ちます。その受託者と会社が賃貸借契約を結びます。受託者が賃貸人ですので、賃料収受や管理は受託者が行います。相続人の同意等は不要です。受託者が会社から受け取った賃料は、受益権を取得した相続人に給付することになり、その相続人にとっての安定的な収益源にもなります。


アドバイザー/金森民事信託法律事務所 金森 健一 弁護士

PAGE TOP