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保険・不動産Vital Point of Tax

審判所 被相続人から孫への 保険料贈与をめぐるバトル

2022/10/24

 被相続人が生前中に行った孫らに対する生命保険の保険料贈与は、実は贈与ではなく、被相続人が直接保険料を払ったものではないかと税務署から疑われ、その結果、相続税をめぐるトラブルになった事例が明かになった(国税不服審判所、令和4年3月2日裁決)。

 国税不服審判所(以下、審判所)の裁決書によると、被相続人は法定相続人ではないと見られる孫ら8人に対し、生命保険の保険料等を贈与していた。贈与金額は5年間で1人当たり約800万円、合計6600万円ほど。生命保険の契約は、孫が契約者、被保険者は被相続人以外の親族だった。

 ただ、被相続人が健康上芳しくなかったことから、被相続人の法定相続人である子ら(孫らの親)が、被相続人を代理して孫らと贈与契約を行い、孫らは贈与税の確定申告を済ませていた。その後、被相続人が亡くなって相続が開始し、被相続人の子ら(孫らの親)は相続税の申告を行った。

 ところが、税務署は法定相続人である「孫の親」に代理権があったとは認めず、贈与契約は不成立と判断。被相続人が保険料を直接負担していたとして孫らの贈与税申告を否認。そして、孫らが契約した生命保険契約に関する権利は、被相続人が保険料を100%負担していることから相続開始時点の解約返戻金で評価され(財産評価基本通達214)、それを遺贈により取得したものとして(相続税法3条)、相続財産に加算して更正処分を行った。

 これに対して相続人らは、代理権は確かにあり、贈与契約は成立しているとして審判所に判断を仰いだ。争点は、被相続人が本件各保険料を負担したか否か。税務署は主に以下の点を指摘していた。

⑴孫らとの各贈与契約書には、相続人が被相続人の代理人である旨の表示(顕名)がなく、代理行為は成立していない。
⑵代理することになった時期や代理の内容も具体的なものでなく、代理権が授与されたことを裏付ける客観的証拠はない。

 これらを踏まえて審判所は、被相続人が各保険料を負担していたか否かを判断するため、被相続人から相続人に対し、相続人や孫らへ被相続人の全財産を贈与することについての代理権(以下、本件代理権)の授与がなかったかどうかを検討するに当たり、まず事実関係を概略以下のとおり整理した。

イ 被相続人から相続人Aに対する本件代理権の授与事実の存否を立証する客観的な直接証拠はない。
ロ 平成5年以降、被相続人所有の土地および株式が、相続人Aおよびその家族、ならびに相続人Bおよびその親族に対して贈与された。また、これらの各贈与に当たり、相続人らは、被相続人の代理人として、税理士に相談するなど贈与税の負担も考慮した上で、贈与する土地の持分割合および贈与する株式数の決定や、登記等の各種手続などを行った。
ハ 上記の各贈与に対し、被相続人が、その取消しや異議を申し立てたといったような事実は見当たらない。
ニ 孫らは、各贈与契約を締結するに当たり、被相続人が健康上芳しくなかったため、相続人が被相続人の代理人として各贈与契約に関する手続を行っていたことを知っていた。

 次いで審判所は、相続人らの申述を概略以下のように整理した。

<相続人Aの申述>
 平成5年以前に被相続人から不動産を私たちに贈与すると言われた。その頃は被相続人も元気だった。被相続人が贈与すると言った後は、私が贈与を受ける不動産の権利証や被相続人の実印を預かっていた。したがって、私としては、その時点で被相続人の不動産の贈与登記に関して、被相続人から委任を受けたものと思っている。

<相続人Bの申述>
(請求人らの主張が変遷しているとの原処分庁の主張に対して)調査時には「代理権」という言葉の認識が無かったからである。審査請求書を提出した頃には、被相続人から平成5年頃に指示されていたことは、実際には代理権を与えてもらっていたことと一致すると認識したのであって、主張が変遷しているわけではない。

税務署の主張を認めず、更正処分を全部取消し

 
審判所は代理権に関する民法の考え方について、概ね「有効な代理行為と認められるためには、代理人に代理権があり、かつその行為が代理権の範囲内でなされなければならない。また、民法によれば、代理人が本人のためにすることを示すこと(顕名)が必要(中略)この点につき、代理人の氏名を示さずに本件被相続人の名で契約を締結するという代理行為であっても、相手方としては、契約の相手について正しく情報を得ていれば、基本的に顕名主義に抵触せず、代理行為は有効とされている」と確認。

 そして、「各贈与契約書には、被相続人の氏名等の記載はあるものの、相続人Aが被相続人の代理人である旨の記載はない。しかし、被相続人所有の土地および株式が、平成5年以降、贈与税の負担を考慮しながら、相続人らの親族に対して贈与されていること、孫らは、各贈与契約に関する手続を請求人Aが代理人として行っていたものと認識していたことからすると、顕名の観点からは、各贈与契約における相続人Aの代理行為が無効なものとは認められない」とした。

 このため審判所は「贈与契約は、被相続人から相続人Aに対し本件代理権の授与がなかったと認められない限り、無効な代理行為に基づき締結されたものであるとはいえない」から本件代理権授与の有無について以下のとおり、これまでの贈与に係る事実関係を傍証として本件代理権授与がなかったとはいえないと結論付けた。

⑴整理した事実関係によれば、被相続人が相続人らに対し贈与に必要な手続を包括的に委任し、相続人らが贈与税の負担も考慮しながら計画的に贈与を行ってきたものと考えるのが自然かつ合理的。

⑵各贈与契約に至るまでの間の財産贈与の実情を併せて総合勘案すれば、被相続人から相続人Aに対し本件代理権の授与がなかったということはできない。

 また審判所は、相続人らの申述等に関して次のように指摘し税務署の更正処分を全部取り消した。

⑶被相続人から本件代理権を授与されたのが、この審査請求から約20年以上前の出来事であることから、相続人Aの申述または答述が、やや具体性を欠くものであったとしても、そのことが直ちに本件代理権授与の不存在を強く推認させるものとはいえない。(中略)本件代理権の授与に係る客観的証拠が存在しないからといって、その点を根拠として代理権が授与された事実がないとは認められない。

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