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税務の勘所Vital Point of Tax

評価通達6項適用を認めず M&A直前に相続した株式の評価

2024/11/01

 東京高裁は8月28日、M&A直前に開始した相続で、相続人が取得した取引相場のない株式について財産評価基本通達6項(以下、財産評価基本通達を評価通達、同6項を評価通達6項という)による財産の再評価・追徴を認めないとした今年1月の東京地裁判決を支持する判断を下し、国側は敗訴した(確定)。

 争われていたのは、中小企業のM&A目前に企業オーナーが亡くなり、オーナーが生前に取りまとめていたM&Aを相続人が実行し、同社株式を同業他社に売却した事案だ。相続人は売却前の株式を評価通達により評価したが、その評価額と、M&Aで合意された売却金額との間に「著しいかい離」があるとして、税務署が売却価額約10万円に近い約8万円で再評価し、相続税等を追徴したことから納税者が裁判を起こしていた(東京地裁判決:令和6年1月18日)。

事案の概要

⑴被相続人は平成26年5月、経営する会社の株式の譲渡に向けて買収会社と協議、基本合意書に係る合意をした。会社の株式は1株約10万円で譲渡するとしていたが、法律的に拘束するものではないことを確認していた。

⑵被相続人は基本合意書をまとめた後の6月に死亡。相続人3人のうち被相続人の配偶者が売却する株式の発行会社の代表取締役になる一方、買収交渉を再開し、同年7月に相続人の一人に全ての株式を集めたうえで、全株式を買収会社に基本合意書と同じ価格(約10万円)で譲渡した。

⑶相続人らは相続税の申告では評価通達に基づき「取引相場のない株式で大会社のもの」として類似業種比準方式(評価通達180)で評価し、1株約8千円として申告した。

⑷所轄税務署は、評価通達6項により平成30年8月に国税庁長官の指示に基づき、上記株式について、専門家によるDCF法の評価(約8万円)で更正処分等をした。

東京高裁における国側の主な主張

①評価通達6項を適用すべき根拠として、問題の相続株式につき通達評価額と相続開始日における客観的な交換価値との間に著しいかい離があり、被控訴人がそのことを十分に認識することが可能であった。

②売買契約が成立しその所有権が買主に移転する前に、問題の株式の所有者である売主が死亡した場合、売主の相続財産は売買代金債権になり、その価額は原則として売買相当金額で評価される(最高裁昭和56年(行ツ)第89号 昭和61年12月5日)ことを踏まえれば、相続開始時に売買契約が成立していなかったとしても、近い将来、売買契約が成立し、売買代金債権に転化する蓋然性が高い場合には、当該株式の価値としては、その売買代金相当額が1つの基準になり得る。

東京高裁の判断

 東京高裁はまず、最高裁令和4年4月19日判決(以下、最高裁令和4年判決という)の評価通達6項の適否めぐる判断の枠組みを踏襲。当てはめでは、上記①の点について「取引相場のない株式の客観的な交換価値は、本来、専門的評価を経ない限り判明しないものであって、外形的事実によって取引相場のない株式の交換価値を合理的に推測することが可能であるとは必ずしもいえない」と説示。その理由として「M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により株式の売買代金が決定されるのであって、売買代金が交換価値を反映しているとは限らない」からだとした。その上で、譲渡予定価格約10万円や更正処分の株価約8万円等が「通達評価額(約8千円)と大きくかい離しているからといって、更正処分の時点にさかのぼって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情(特段の事情)が存在したということにはならない」と断じた。

 次に、②について東京高裁は、昭和61年の「最高裁判決は、農地の売買契約が成立し、代金の相当部分の履行があったという場合において農地法所定の要件が具備される前であっても相続財産は売買代金債権である旨判断したものであって、本件のように売買契約がまだ成立していない場合とは明らかに状況を異にする」と指摘。売買契約が成立していない状況において、近い将来、売買契約が成立し、売買代金債権に転化する蓋然性を判断するためには、中間合意の存在・内容、想定される売買契約の内容、契約締結前の仮の履行行為の有無など、種々の事情を考慮する必要があり、信義則などの一般条項以外の場面で「そのような不明確な基準によることは不適切と言わざるを得ない」とした。
 
 また、東京高裁は「仮に、上記蓋然性の程
度を基準とすることが許容されると解したとしても、本件相続開始日において、被控訴人らと買収会社との間で本件相続株式の売買契約が成立し、譲渡予定価格による売買代金債権に転化する蓋然性が高かったと認めることはできない」としている。
 というのも、基本合意では(1)譲渡予定価格に法的な拘束力があることは明確に否定されている、(2)相続開始後に買収監査等が行われているから、買収会社が「譲渡予定価格により取得する確定的意思を有していたとは直ちに認めがたい」からだ。
 
 このほか、東京高裁は、「最高裁令和4年
判決は、評価通達6項の適用の有無に当たり、被相続人が相続税の負担を減じ又は免れる行為をしたことを考慮しているところ、本件被相続人及び被控訴人らによるこれに類する行為があったとは認めがたい」ことなどを指摘。国側の控訴に理由はないとして、一審判決を支持している。
 なお、国はこの事件の上訴を見送った。
 
 ちなみに、最高裁令和4年判決(本紙2022
年春号参照)以降、令和6年6月末までに評価通達6項の発動は17件に上っている。取引相場のない株式に対し評価通達6項が発動されたケースも少なくないが、相続を迎えるにあたり対策をしたケースや、評価上操作をしたケースが見られ、M&A直前の東京高裁のケースとは趣が異なる。

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