第12回 家族信託支援専門職への重い不法行為責任 ~令和3年9月17日東京地裁判決~(下)
2022/01/26
令和3年9月17日の東京地裁の判決について、(上)に引続き、原告の訴訟代理人となった遠藤家族信託法律事務所の遠藤英嗣弁護士に、事件の概要や家族民事信託の組成の在り方などについて解説してもらった。
判決の要訣・根底にあるものは何か
【原告の主張】
裁判では、原告は、次のように主張しました。
受託者となった次男を通じて、専門職の被告に対し、家族信託支援業務に関する委任契約の締結に先立ち、信託内融資可能な信託口口座の開設等の要望を伝えていたこと。しかし、実際には民事信託における信託内融資を行っている金融機関は僅少であり、また、金融機関においても、融資に際しては、信託口口座(狭義)の開設を必須にするなど、通常の融資とは異なる取扱いを受けるリスクがあったにもかかわらず、被告は、原告に対して大手都市銀行において信託内融資可能な信託口口座の開設ができるし、その実績もあるなどとして、民事信託の信託内融資に関し、何もリスクがないかのように説明されていたこと。そこで、原告は、被告のこの説明により、次男を受託者とする信託契約を締結した後も、受託者において、信託財産に属する本件自宅ビルの大規模修繕、建て替え等の際に、信託財産に属する不動産に抵当権を設定して、特段の支障なく金融機関から融資を受けることができるものと認識し、被告との間で委任契約を締結したこと。そして、被告は、専門家として、契約の締結の勧誘をするに際しては、勧誘の相手方に対し、必要な情報を提供するとともに、告げた内容が事実でないのに、事実であると誤認するような内容の告知をしない、不確実な情報につき断定的な判断を提示しないといった注意義務を負うところ、前記の被告の説明は、この注意義務に違反し、不法行為を構成する、と主張しました。
この注意義務については、善管注意義務違反のほか、家族信託支援業務を担う者の情報提供義務(説明・報告義務)であり、これを欠いたと主張しました。
【裁判所の判断】
被告は、否認しましたが、裁判所は次のように判断し、被告の不法行為を認めました。
被告は、報酬を得て民事信託の支援等の業務(信託契約書案文の作成、当該契約に係る公正証書の作成手続の補助、信託の登記の申請手続の代理、信託金銭を預け入れる受託者名義の預金口座の開設の支援等の業務を含む。)を受任する旨の委任契約を締結するに先立ち、原告に対し、信義則に基づき、金融機関の信託内融資、信託口口座等に関する対応状況等の情報収集、調査等を行った上で、その結果に関する情報を提供するとともに、信託契約を締結しても信託内融資及び信託口口座(狭義)の開設を受けられないというリスクが存することを説明すべき義務を負っていたというべきである。そして、被告は、原告に対し、情報収集、調査等の結果に関する情報提供をせず、また、信託契約を締結しても信託内融資及び信託口口座(狭義)の開設を受けられないというリスクが存することを説明しなかった。したがって、被告の原告に対する前記のとおりの情報提供義務及びリスク説明義務の違反は、不法行為を構成する、と判示しました。
なお、本件は、審理の過程で、被告の債務不履行責任をも追加したが、この主張は退けられています。※判決の詳細は、遠藤英嗣著「家族信託の実務 信託の変更と実務裁判例」に搭載しています。参照してください。
【本判決が及ぼす影響】
家族信託については、新しい裁判例も次々と出ています。特出すべきものは、本件と平成30年9月12日の各東京地裁判決です。特に本件は疎放な支援業務そのものを不法行為としてとらえて、支援を行う士業に対して、特異な信託という制度を活用するうえでのリスク説明義務を課したもので、これにより家族信託支援業務も大きな局面を迎えることになろうかと思っています。特に、今後は、家族信託を求める人によって支援専門職の精選が行われ、より正しい信託が、選ばれた有能な家族信託支援業務の専門職により提供されることが期待できると考えています。
家族民事信託の組成の基本は何かを今一度考える
最後に、再度、家族民事信託の組成の在り方について、2点ほど述べておきたいと思います。
第1は、信託関係者に家族民事信託の仕組みや役割を説明して信託行為(信託契約)として適法な内容のものを組成(企画制作)することです。この場合、信託組成者は、令和3年9月東京地裁判決にあるように、リスク説明をも含め情報提供義務(法令実務精通義務)を尽くし、しかも委託者の要望が盛り込まれかつ実現可能な内容の信託行為を公正証書で作成することが大事となろうかと思います。その際、「委託者の信託設定意思を軽視」し、「場当り的な信託の組成」であったり、「受益者不在の受託者のための信託」では駄目だということです。
第2は、信託不動産については確実に、しかも生前に「争族」が起きないよう工夫を加えて信託の登記手続をし、また信託財産である金銭については金融機関に倒産隔離機能を有する信託専用口座(「信託口」口座)を開設して、これを同口座に移動し、信託財産をそれぞれ分別管理することを支援することにあるのです。
したがって、家族信託支援業務を担う者は、「信託口」口座開設を前提に、業務を遂行することになります。これは、税理士の先生方も同じで、個人口座やなんちゃって口座で、代替えしようというのは、不法行為という地獄への道の第一歩ということだと脳裏に置くことが求められます。
参考:平成30年9月12日東京地裁判決
末期がんにより数日の命と診断されたS氏が、委託者となり、家の跡継ぎを託したS氏の次男Bを受託者とし、信託の目的として「祭祀を承継する次男において、その子孫を中心として管理、運用することにより、末永く委託者S家が繁栄していくことを望む」としたためた信託契約を行いました。
S氏は、平成27年2月18日死亡。その後、S氏の長男Aは、S氏が死亡する直前に死因贈与契約とその数日後に信託契約が作成されており、当時S氏は末期がんにより意識もうろうとしていたので意思能力を欠いていたこと、また仮に意思能力があったとしても信託契約は長男Aの遺留分を侵害する目的のものであって無効であると訴えました。
この裁判で問題になった信託は、信託法91条を利用した「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」と呼ばれるスキームでした。
東京地裁は、委託者であるS氏が設定した受益者連続信託契約について、相続人である長男Aの遺留分に配慮しておらず、むしろ遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効であると判断しました。