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インタビューInterview

明細書から調書へ格上げ 財産債務調書の概要と注意点

2016/07/22

松林 優蔵 税理士

 平成27年度税制改正により、これまでの「財産債務明細書」が「財産債務調書」に格上げされた。平成27年分確定申告からスタートする新しい制度について、その概要や注意点などを聞いた。

 

――まず、財産債務調書の提出制度の概要についてお聞きします。
 これまで所得税の確定申告において、その年分の総所得金額および山林所得金額の合計額が2000万円を超える人は、その年の12月31日現在の財産や債務の種類や金額を記入した「財産及び債務の明細書」を提出する必要がありました。この所得基準に、総資産3億円以上または国外転出特例対象財産(有価証券等)1億円以上の資産基準が新たに追加され、さらに記載内容として財産の所在や時価額などを加えた「財産債務調書」の提出制度が平成27年分の確定申告からスタートします。

――なぜ、明細書から調書に変わったのでしょうか。 
 財産債務明細書には、質問検査権も所得税調査の一環として付与されていました。しかし、課税当局も未提出者に対して督促を行ってきましたが、提出義務のある納税者の提出割合は約40%といわれています。また、記載すべき事項も大まかで、金額の記載がないものも多く、課税当局が所得税等の申告の適正性を検証することが困難だったことが、要因のひとつと言えます。また、今年7月に一足早く整備された「国外転出時課税制度」を補完する目的もあるようです。

――国外転出時課税制度の補完とは?
 国外転出時課税制度の適正な課税を確保するためには、課税当局にとって対象財産の保有状況や時価額等の情報が不可欠とされています。しかし、従来の財産債務明細書では不十分だったことから、保有有価証券1億円以上の納税者に財産債務調書の提出義務を課し、併せて有価証券の取得価額も記載することになったようです。

――財産債務調書を提出しなかった場合、罰則などはありますか。
 財産債務調書には不提出等の罰則規定はありません。一方、平成24年度税制改正において「国外財産調書」の提出制度が創設されましたが、偽りの記載や不提出に対する罰則規定が設けられています。この違いですが、財産債務調書の提出および記載の対象となる財産は、ほとんどが国内に所在する財産と考えられますが、国外財産調書の対象となる財産は国外にあるため、課税当局の調査権限が及ばないことから罰則規定があるといわれています。ただ、財産債務調書についても「提出」と「正確な内容の記載」を確保するため、インセンティブ措置が設けられています。

――インセンティブ措置とは、どのようなものでしょうか。
 所得税や相続税に申告漏れがあった場合、財産債務調書に記載がある部分については、過少申告加算税等を5%軽減します。一方、財産債務調書の不提出・記載不備に係る部分については、過少申告加算税等を5%加重するという措置です。なお、過少申告加算税等の5%の加重措置は、本人のみとされています。そのため、被相続人の財産債務調書の未提出や不記載、不十分な記載などの責任は相続人に負わせないとしていますので、相続税については5%減算措置のみで、加重措置は適用対象外となります。

――財産債務調書に記載する財産価額の算定方法について教えて下さい。
 財産債務調書に記載する価額は、原則として、その年の12月31日現在の時価とされています。時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、専門家の鑑定評価額等とされています。ただ、財産の時価を算定することは難しく、また、相続税の申告書を作成するための評価を毎年行うようなことになれば手間がかかりますので、提出者の負担を軽減させるため、見積価額を記載することも可能となっています。

――見積価額はどのように計算するのでしょうか。
 棚卸資産については「事業所得の計算の基礎となった棚卸資産の評価額」、減価償却資産については「事業所得等に係る減価償却後の価額」と定められていますが、これ以外の財産の見積価額の算定方法は、「取得価額」や「売買実例額」を基に合理的に算定した価額とされています。また、相続税等の財産の評価方法として定められた「財産評価基本通達」に基づき見積価額を算定しても良いことになっています。

――土地や取引相場のない株式の見積価額とは?
 土地については「固定資産税評価額」を見積価額としても良いとされています。また、取引相場のない株式の見積価額は、売買実例等がない場合には、その法人の直前期末の帳簿価額上の純資産額に持株割合を乗じて算定した価額を見積価額としても良いことになっています。詳しくは、国税庁のホームページに「財産債務調書の提出制度(FAQ)」がありますので、そちらを確認して頂きたいと思います。

――財産債務調書について注意点があれば教えて下さい。
 まずは、税理士が関与先の資産状況などを確認し、財産債務調書の提出義務の有無を判定することが重要なポイントといえます。また、関与先からすべての財産の報告を受けなければ、正確な財産債務調書を作成・提出することはできませんので、財産債務調書制度の趣旨を丁寧に説明し、関与先の理解を得ることが大切だと考えます。

――そのほかに注意点はありますか?
 所得税・相続税ともにインセンティブ措置の判断の対象となる年分の財産債務調書を提出していなければ、たとえ他の年分の財産債務調書を提出し、修正申告等の起因となる財産を記載していても、インセンティブ措置を受けることはできません。財産債務調書の提出義務のある年においては、確実かつ正確に提出したいところです。また、未提出や記載漏れが見つかった時などは、速やかに提出・訂正すべきでしょう。

――提出期限が過ぎた後に提出しても大丈夫なのでしょうか。
 提出期限を過ぎた後に財産債務調書の提出があっても、調査があったことにより更正決定を予知してなされたものでなければ、加算税の5%減算のインセンティブ措置を受けられる可能性があります。財産の記載漏れや重要な事項の記載が不十分な場合も、財産債務調書を再提出することで、同様にインセンティブ措置が受けられる可能性があります。ただし、一部分のみの記載や訂正は提出したことになりませんので、追加訂正部分も含めてすべての財産債務を記載する必要があります。

――資産額が3億円以下でも、それに近い資産があれば、とりあえず提出しておいた方がいいのでしょうか。
 提出義務がないのに財産債務調書を提出しても、加算税の5%減算のインセンティブ措置を受けることはできません。逆に、提出義務者が財産債務調書を提出しても、修正申告等の起因となった財産について不記載または記載が不十分であれば、インセンティブ措置を受けることはできません。

――今後、相続税調査などに財産債務調書は活用されるのでしょうか。
 相続税等の調査において、明細書以上に財産債務調書の活用度合が高まることが予想されます。特に、財産債務調書を提出する際には「財産債務調書合計表」も提出しなければなりませんが、この合計表はOCR様式となっていますので、課税当局がデータ化して管理することが推察されます。今後は、合計表の中にマイナンバーの記入欄も設けられるのではないでしょうか。いずれにしても、納税者自身が財産債務調書を作成するのは難しと思いますので、税理士のサポートが欠かせないのは間違いありません。

<プロフィール>
松林 優蔵 税理士
昭和58年、国税局資料調査課 国税調査官。平成2年、税務署資産税部門 総括上席調査官。同4年、国税局課税部 資料調査課主査。同15年、税務署特別国税調査官(資産税調査担当)、同16年、税務署特別国税調査官(資産税評価担当)。 同21年、国税局課税部 資料調査課課長。同23年、税務署長。同24年、税務署長。同25年7月に退職し、翌月に税理士登録。(一社)租税調査研究会主任研究員、現在に至る。

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