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インタビューInterview

受け身の姿勢は大きなリスク!? ストレスチェック制度を改めて考える

2016/07/22

古田 明弘 社会保険労務士

 労働安全衛生法の一部を改正する法律により、平成27年12月から従業員のストレスチェックと面接指導の実施等を義務付ける新たな制度がスタートした。従業員数50人未満の事業場については当分の間「努力義務」とされているが、「義務・努力義務に関わらず、会社として受け身の姿勢でいることは大きなリスク」と警鐘を鳴らすのは、社会保険労務士の古田明弘氏だ。現代社会におけるストレス障害に対し、経営者はどのように向き合っていくべきなのだろうか――。

 

――なぜ、ストレスチェック制度が義務化されたのでしょうか。
 大きく4つの点が挙げられます。職業生活の中で強いストレスを感じている方の割合が非常に高い値で推移していること。近年、職場でメンタルヘルスに不調を覚える方が増加傾向にあること。実際に精神障害で労災認定される方が増えていること。自殺者に占める勤労者の割合が高水準で推移していること。こうした状況を踏まえ、会社が従業員に対して行う心理的な負担の程度を把握するための検査、いわゆるストレスチェックが事業者に義務付けられたわけです。

――職場のストレスが問題となっているわけですね。
 従業員が会社という組織の中で仕事をしていく以上、外部から様々なストレスを受けるものです。そこで重要なのは、従業員が自分のストレス状態を把握し、ストレスを溜めすぎないようにすること。また、従業員のストレスが高い場合には、医師の面接指導などを受けさせる環境を整えることです。従業員自身のストレスへの気づき、会社によるサポート、この両面の体制を整えることが、今回の義務化の目的となっています。

――ストレスチェックは、どれくらいの頻度で実施すべきなのでしょうか。
 1年ごとに1回とされていますので、1回目は平成27年12月から平成28年の11月までに実施することになります。会社としてはまず、ストレスチェックを実施する実施者を決定する必要があるでしょう。恐らく、産業医や健康診断を実施している医療機関などに実施を依頼するケースが多いと思います。

――ストレスチェックでは、どのようなことが確認されるのでしょうか。
 ストレスチェックの調査票には、「仕事のストレス要因」、「心身のストレス反応」、「周囲のサポート」の3領域をすべて含むこととされています。どのような調査票を使用するかは、事業者の判断に委ねられていますが、国では標準的な調査票として「職業性ストレス簡易調査票」を推奨していますので、それを参考にするケースも多いのではないでしょうか。

――ストレスチェックの結果は、会社に知られてしまうのでしょうか。
 ストレスチェックの結果は、実施者から従業員に直接送付されますので、本人の同意がない限り、原則として会社が知ることはありません。ただし、結果の通知を受けて面接指導を希望し申し出た場合に、面接指導の対象となるかどうかの確認のために会社からストレスチェックの結果を提出するよう要請があった場合は提出の必要があります。

――高ストレス者であることを申し出ると、会社による不利益な取扱いが危惧されます。
 高ストレスの従業員から面接指導の申し出があったことを理由に、会社が不利益な取扱いを行うことは法律上禁止されています。面接指導の結果を理由とした解雇、雇止め、退職勧奨、不当な配転や職位変更なども行ってはいけません。高ストレスの従業員が、そのことを隠してしまえば、今回の制度が創設された意味がありません。会社はストレスチェックを実施する前に、従業員に対して正確な情報提供や会社の方針を積極的に発信していく必要があります。

――今回の制度には罰則は設けられているのでしょうか。
 現時点では、義務の対象となる事業場がストレスチェックを実施しなくても罰則はありません。しかし、近い将来、罰則が設けられる可能性は十分あると考えます。努力義務の事業場が義務化されるのも時間の問題ではないでしょうか。なお、ストレスチェックの実施の有無にかかわらず、ストレスチェックに関わる労働基準監督署への報告義務を怠った場合は50万円以下の罰金の対象になりますのでご注意ください。

――努力義務の場合、様子見という事業場も出てくると思います。
 確かに、まずは義務の対象となる事業場の取り組みを見てみたいといった声も聞かれます。ですが、ここで注意したいのは、たとえストレスチェックが努力義務であっても、会社の安全配慮義務が軽減されるわけではありません。従業員が重いストレス障害に陥り、その後の会社側の対応も不適切だった場合、会社にとっては大きなリスクが生じると考えます。また、従業員のメンタルヘルス不調は、重大な経営リスクに繋がりますので、事前対策は重要な経営課題のひとつだと考えます。

――実際、従業員に訴えられることもあるのでしょうか。
 従業員が会社を訴えるケースは増えていますね。一昨年の事例ですが、長時間労働と上司によるパワハラで自殺した労働者の遺族が訴えを起こし、会社と経営者、上司に連帯して賠償金の支払命令が下されました。会社だけでなく、経営者の個人的な責任が問われるケースも増えていますので、「知らなかった」では済まされないと考えるべきでしょう。

――すでにストレス障害の疑いがある従業員がいる場合、経営者はどのように対応をすべきでしょうか。
 何かおかしいと感じたり、そのような話を聞いた時には、できるだけ速やかに本人と面談して頂きたいですね。その後、個々の状況に応じて会社の対応が求められてくるわけですが、すべてにおいて重要なのは「速やかな対応」だと言えるでしょう。中には、専門医の意見を勘案し、従業員を休職させる選択肢も出てくるかもしれません。しかし、就業規則に休職に関する規定がなかったり、あっても不明確な場合、仮に従業員から訴えられると、会社としては不利な立場になるでしょう。

――就業規則もしっかり整えておいたほうがいいわけですね。
 しっかりした就業規則の規定があるからといって勝てるというわけではありませんが、会社に何も規定がなければ、「会社が何もしてこなかったから、こんな事態になった」という理屈が成り立ってしまう恐れがあります。就業規則の整備は、ある意味、メンタルヘルス対策の一環だと思いますね。今回のストレスチェックにおいても、努力義務の会社が何らかの対応をしておけば、会社や経営者にとって少なからずプラスになると考えます。逆に、義務の対象にも関わらず、罰則がないからといって何も対応せずに従業員と争いが起きれば、会社にとって大きなマイナスになるのは間違いありません。

――最後にメッセージをお願いします。
 これからの時代、従業員のメンタルヘルス問題に対して受け身の姿勢を取っているのは、会社にとって大きなリスクだと考えます。従業員を守るため、そして会社のリスク対策のためにも、従業員のストレス障害に対する経営者の「意識」と「行動」が問われているのではないでしょうか。今、厚生労働省では簡易的にストレスチェックができるプログラムも準備していますので、関与先の事業規模を問わず、是非、税理士の先生方からも情報提供して頂きたいと思います。

<プロフィール>
アクタスマネジメントサービス㈱
アクタス社会保険労務士法人
古田 明弘 社会保険労務士
1980年、日綿実業(株)(現:双日(株))入社。グアム東洋不動産(株) 副社長兼総支配人(出向)等を歴任。国内外での営業、人事労務管理を含む幅広い経営管理に従事した後、2001年、アクタスマネジメントサービス(株)入社。2004年、アクタスマネジメントサービス(株)取締役就任、2015年、アクタス社会保険労務士法人代表社員に就任。

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