役員退職給与における不相当に高額な部分の金額
2021/05/21
税務上、役員退職給与に関する問題は様々な論点がありますが、実務における大きな関心は、どの程度の金額の役員退職給与であれば税務調査で否認されないかという点でしょう。課税実務や裁判例においては、支給された役員退職給与が「不相当に高額」か否かについて同業類似法人の支給状況を基にする、いわゆる「功績倍率法」を用いて判断するのが一般的です。
そこで、役員退職給与における「不相当に高額な部分の金額」についてみていきたいと思います。
1.法令の定め
役員退職給与は、不相当に高額な部分の金額は損金の額に算入されません(法法34②)。この「不相当に高額な部分の金額」は、法人税法施行令70条2号において、以下の事項に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額とされています。
① 法人の業務に従事した期間
② 退職の事情
③ その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの(以下「同業類似法人」といいます。)の役員に対する退職給与の支給の状況等
2.功績倍率法
課税実務や裁判例においては、「不相当に高額な部分の金額」の判断基準として、いわゆる「功績倍率法」を用いるのが一般的です。具体的には、同業類似法人の役員退職給与を調査し、以下のとおり功績倍率を算出します。
同業類似法人の役員退職給与の額
功績倍率 = ―——————―——————―——————―———
その役員の最終月額報酬×その役員の勤続年数
そして、一般的には、その同業類似法人の功績倍率の平均値(平均功績倍率)を算出し、以下の算式で役員退職給与の相当額を算定します。
退任役員の最終月額報酬×退任役員の勤続年数×平均功績倍率
このとおり、法人税法及び同法施行令においては、上記1の考慮要素に照らし判断することとなっていますが、実際の課税実務や裁判例においては、考慮要素の大半が「同業類似法人の支給状況」から算出された「功績倍率」に集約されてしまうこととなります。すなわち、同業類似法人の抽出基準(退職の事情、事業分類・規模の類似性等)により考慮されることになります。
3.功績倍率法と同業類似法人に関する情報
平均功績倍率法が用いられた場合、それにより算定された相当額を超える部分は「不相当に高額な部分の金額」とされてしまうことになりますが、平均功績倍率法による相当額を超えると直ちに不相当に高額であるとするのは「あまりにも硬直的な考え方」であるとした裁判例があります¹ 。
この事例では、①実態に即した適正な課税を行うとする法人税法34条2項の趣旨に反することにもなりかねないこと、②抽出された同業類似法人のうち、平均値を超えている法人は不相当に高額な役員退職給与を支給していたことになりかねず、一定の適格性が担保されている同業類似法人であるという前提と矛盾すること、③納税者が同業類似法人の支給状況を調査するといっても、課税庁が行う厳格な調査は期待できないから、納税者の一般的な認識可能性にも十分配慮する必要があり、事後的な課税庁の調査による平均功績倍率を適用した金額からの相当程度の乖離を許容すべきことを理由として、平均功績倍率の1.5倍の率を適用して計算した金額を役員退職給与の相当額としました。
この事例は、平均功績倍率法の機械的な適用について、一石を投じた事例として評価できますが、この事例の高裁判決²において、上記理由は全て取り消され、平均功績倍率を適用すべきとされました。
納税者側が、同業類似法人に関する情報を入手することは困難であると考えられますが、上記事例及びその高裁判決においては「役員退職給与の支給実績を調査したデータが掲載されている文献が複数公刊されているほか、TKC全国会(税理士及び公認会計士からなる任意団体)発行の同種の資料が同会の会員に頒布されており、これらの文献・資料には、業種等ごとに、法人の売上金額、役員の役職名、退職事由、在任年数、最終月額報酬額、役員退職給与の支給額、功績倍率等の実例情報が掲載されていることが認められ、納税者はこれらの公刊物により又はTKC全国会の会員である税理士等を通じて同業類似法人における役員に対する退職給与の支給の状況を相当程度認識し得るということができる」とされています。
4.情報の利用と抽出基準等
上記3の裁判例でも述べられているとおり、課税実務及び裁判例においては納税者が同業類似法人の支給状況を相当程度認識し得るものとされています。納税者側からすると、そのような考え方は受け入れがたいものですが、そのような実務になってしまっている以上、民間企業が公表している役員退職給与に関する統計資料等を参考にして、同業類似法人の支給状況を把握し、功績倍率を検討するといった対応が必要となります。なお、課税庁側においても、民間企業が公表している役員退職給与の統計資料を利用して功績倍率を算出し、裁判所がその合理性を認めている事例があります³。
民間企業が公表している役員退職給与に関する統計資料等を利用する際は、単に金額や功績倍率の大小を比較するのではなく、対象地域や業種の類似性等についても細かく検討する必要があります。納税者がTKC全国会における「月額役員報酬・役員退職金(Y-BAST)」を用いて相当額を主張したところ、その抽出基準について、対象地域が「全国」であったり、基幹事業についても日本標準産業分類の「大分類」とするのみであったりしたことから、税務当局の抽出基準に比べて、その対象地域及び業種の類似性の点において劣るとされた事例があります⁴。
裁判例においては、同業類似法人の抽出について、「同種の事業を営む法人」に該当するかどうかは、日本標準産業分類における分類(大分類、中分類、小分類及び細分類)の同一性によっている場合が多く、抽出数の問題から、中分類程度の同一性によっていることが多いといえます。また、「事業規模が類似する法人」に該当するかどうかは、売上高や資本金、純資産価額などについて、いわゆる倍半基準(2倍以下0.5倍以上の範囲で抽出する基準)を用いて選定している場合が多いでしょう。その他、経済状況等の地域性を考慮するためにその納税者と同じ地域の事業者を選定したり、退職の事情を考慮するために死亡退職かどうかなどを考慮したりするなどがされています。
おわりに
納税者においては、入手できる情報が限られていますが、だからといって、漫然と根拠なく役員退職給与を支給することはリスクが大きいでしょう。入手できた情報の中で、できる限り合理性をもって同業類似法人の抽出基準などを設けて、相当額の検討をする必要があると考えます。
なお、過去の裁判例でみると、税務当局の更正処分段階では「3.0~3.5」程度で功績倍率を認定している事例が多いことも留意すべきでしょう。
アドバイザー/鈴木 涼介 税理士
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1.東京地判平成29年10月13日(税資267号-127⦅順号13076⦆)
2.東京高判平成30年4月25日(税資268号-44⦅順号13149⦆)
3.岡山地判平成18年3月23日(税資256号-88⦅順号12178⦆)
4.東京地判平成25年3月22日(税資263号-54⦅順号12178⦆) ほか
5.拙著『役員退職金の設定実務ガイド』(税務経理協会)参照。