「特別養護老人ホーム汚職事件」の衝撃
2018/10/23
補助金の不正請求、詐欺、運営費の不正流用、業務上横領、背任、利用者預り金の着服と、社会福祉法人を舞台にした不正事件が後を絶たないのは、どうしてなのでしょうか。ひとつは、それだけ福祉にお金が流れているということの現れに違いありません。もうひとつは、福祉事業に関わる人たちの退廃というか、あきれるほどの倫理観の欠如です。
思えば、平成8年(1996年)に起きた「特別養護老人ホーム汚職事件」は、それを象徴するような事件でした。厚生省トップの事務次官が、社会福祉法人の理事長からワイロを受け取って、特養ホームへの補助金交付に有利な取り扱いをしたというのです。
事件の舞台となったのは、埼玉県だけで6つの社会福祉法人の認可を受け、8か所の特養ホームの経営を行っていた彩福祉グループ。代表の小山博史は政治家の秘書時代に厚生省との密接な関係を作り上げていましたが、その密接な関係の先にあったのは、厚生省で高齢者福祉政策の「ゴールドプラン」を陣頭指揮して、特養ホームの建設を押し進めていた厚生事務次官の岡光序治でした。岡光は、部下の茶谷滋を埼玉県の高齢者福祉課長に出向させて彩福祉グループをバックアップしていました。
特養ホームは、建設費の半分を国が補助し、あとの4分の1を県、4分の1を市町村の補助や低利融資によっていました。施設が出来上がって稼働が始まると、今度は収容者1人当たりいくらの補助金が出ます。特養ホームは、認可さえ下りれば、必ずもうかる図式になっていたのです。小山が特養ホームの申請をすると、異例の早さで認可が進むので、“影の次官”と噂されていました。
そんなとき、内部告発によって事件が発覚し、大きく波紋を広げていきます。平成8年11月18日、まず埼玉県高齢者福祉課長だった茶谷茂が1,000万円の収賄容疑で逮捕。茶谷は彩福祉グループの丸抱えで衆院選に立候補して、落選したばかりでした。続いて、彩福祉グループ代表の小山が贈賄容疑で逮捕されました。
そして、12月4日には、岡光が小山から現金6,000万円を受け取り、1,600万円相当のゴルフ会員権をもらったなどの収賄容疑で逮捕されました。岡光には退官後に広島県知事選挙に出る計画があったようですが、もちろん泡と消えました。
平成10年6月、東京地方裁判所から岡光に「懸命に努力している福祉現場の関係者に深刻な衝撃を与えた」として言い渡されたのは、懲役2年、追徴金6,369万円の実刑判決でした。岡光はこれを不服として控訴、上告しましたが、上告棄却の後、事務次官経験者として初めて懲役2年の実刑に服する結果となりました。