第7回 信託契約の一部を公序良俗に反して無効であるとした判決~ 平成30年9月12日東京地裁判決~
2018/12/12
1.家産承継と遺留分
末期がんにより数日の命と診断されたSさんが、委託者となり、家の跡継ぎを託した次男Tを受託者とし、信託の目的に「祭祀を承継する次男において、その子孫を中心として管理、運用することにより、末永く委託者S家が繁栄していくことを望む」としたためた信託契約が、この度、東京地方裁判所において、一部の不動産に関する信託行為につき、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効であるとの判決がありました。
信託の組成に関わっている税理士の方にも、 平成30年9月12日東京地裁判決は、どのような判決だったのか、興味津々だったのではないでしょうか。
この裁判になった信託は、信託法91条を利用した「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」と呼ばれているものです。この信託のスキームは、よく「家産承継」(「家」を考えいわゆる跡取りに家産である多くの不動産等を承継させる)のために使われるものです。筆者も、数多くのこの家産承継信託を制作し、依頼人に提供して、利用していただいています。しかし、この信託は、この多くの場合、第一次相続のとき遺留分の問題が生起します。
2.家族信託では遺留分減殺請求は命取り
遺言公正証書では、遺留分権者の遺留分を害する遺言内容の公正証書がよくあります。
遺言は、遺言執行やその後の遺留分減殺請求の手続の中でこの問題を解決すれば、事後に解決すべき法律関係はほとんど残りません。
しかし、受益者連続信託契約は違います。委託者死亡後、遺留分権者である相続人が、後継受益者(第二次受益者)に対して、あるいは受益者でなく受託者に対して遺留分減殺請求がなされ、これが認められた場合には、後継受益者のために新たに築かれる信託のスキーム(仕組み)が一部または全部崩壊してしまうのです。
相続人が2分の1の権利(遺留分権)を持つものであるならば、もはや信託は機能しなくなりますし、4分の1の権利でも多くの場合、信託を機能させることは不可能になります。それゆえ、信託財産が取り崩されたり、あるいは当該相続人が受益権を取得して信託潰しを画策することになるのです。
3.家族信託にあっては遺留分を最大限尊重する
家族民事信託を利用すれば、遺留分は消える。考え方は、生命保険金が、受取人の固有財産になるのと同じ理屈が成り立つというものがいます。信託法91条がその法的根拠だというのですが、この考え方は特異なもので首肯できません。
今回の東京地裁判決でもかかる考え方は、否定されています。
4.本件の家産承継と遺留分の問題
本件では、複数の争点があり、複雑に絡み合っていますが、信託契約等と遺留分の問題が中心になっていますので、この部分だけ紹介します。
本件は、不動産20件余の物件と1億数千万円の金融資産を有するSさんが、死亡の直前に死因贈与契約とその数日後に信託契約を作成したが、その内容が、長男Aの遺留分を侵害したとして訴訟になった事件です。
(1) 死因贈与契約
父S、次男T及び次女Bにおいて、N司法書士が持参した死因贈与契約書にそれぞれ署名をし、死因贈与契約を締結したというもので、内容は、Sの全財産(後に信託財産とされた不動産及び1億3000万円余の預貯金、有価証券等)につき次女Bに3分の1を、次男Tに3分の2を死因贈与するというものです。
(2) 受益者連続信託契約
しかも、上記死因贈与契約書作成の4日後、Sの入院先にて、Sと次男Tが、N司法書士が持参した「民事信託契約書」に署名をして締結、その後、公証人の認証を受けたというものです。内容は、信託財産は全ての不動産と金銭300万円とし、当初受益者は、委託者Sで、第二次受益者(受益権の割合)は、①原告長男Aに6分の1の受益権 ②次女Bに6分の1の受益権 ③被告次男Tに6分の4の受益権、そして④後継受益者(第三次受益者)が次男Tの子供らとするものです。
本件では、相続人3名に対して生前贈与もあったようですが、争点にはなっていないので、上記二つの契約での遺留分が問題になりました。
上記二つの契約の内容は、誰の目から見ても長男Aの遺留分は侵害されています。
5.裁判所の判断
裁判所は、さらに特異な理論構成をして、長男Aの主張を認めています。
具体的な当事者の主張や反論、それに対する裁判所の判断については、他の機会に紹介することにし、結論の要旨だけ掲げます。
裁判所は、信託財産中不動産を、「収益性も換価処分性もない不動産(以下「甲不動産」という。)」と「収益性も換価処分もできる不動産(以下「乙不動産」という。)」とに分けて、「本件信託のうち、経済的利益の分配が想定されない甲不動産を信託財産に含めた部分は、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効であるというべきである。」として、当該甲不動産についての所有権移転登記及び信託登記の各抹消登記手続を命じました。しかし、乙不動産にかかる請求に関しては、遺留分制度を潜脱する意思は認められないので、遺留分減殺請求の対象にはしないとしたのです。
判決は、長文で、争点も多く読み込むのに大変ですが、家族信託を組成する者に対して、安易な考えで信託を組み立てることのないようにと警鐘を鳴らしたものとして、素直に受け止める必要があると思います。