生前贈与の法的留意点(特別受益との関係において)
2026/05/25
1.序論
相続税対策として有効な生前贈与ですが、被相続人の死後、それが特別受益にあたるのではないかとして遺産分割協議や調停・審判において争点となる案件が多く見られます。
また、同様に相続税対策として活用される死亡保険金については、特別受益との関係で最高裁が平成16年(2004年)に注目すべき決定を下しており、その後、ある程度の裁判例の集積も見られます。
そこで今回は、相続にあたって留意すべき若干の点を論じることにします。
2.特別受益制度の内容
(1)定義・沿革(制度趣旨)
民法は、被相続人から遺贈または生前贈与により「特別の利益」を受けている共同相続人がいる場合に、遺産分割の計算においてその受益額を斟酌する旨を規定しています(903条1項)。
この「特別の利益」を「特別受益」といい、この利益を受けている共同相続人を「特別受益者」といいます。
特別受益制度の趣旨について、ローマ法においては、主として遺贈または生前贈与を「相続財産の前渡し」と理解し、そこに被相続人の意思を推認するのに対して、ゲルマン法においては、主として「共同相続人間の衡平」を基礎としています。
これらは必ずしも矛盾するものではなく、日本法においてはその両者を沿革(制度趣旨)として考えられています。
(2)特別受益がある場合の計算方法
特別受益と認められる遺贈または生前贈与がある場合、遺産分割の計算においては、遺産総額にその受益額を加算してから法定相続割合を乗じて法定相続分を算出し、特別受益者については当該特別受益の額を控除した残額を具体的相続分とします(903条1項)。
この受益額の加算のことを「持戻し(もちもどし)」といいます。
ただし、特別受益を控除した結果マイナスとなる場合には、具体的相続分は0円とします(903条2項)。
特別受益を受けた共同相続人は、相続を放棄しない限り、単純承認をしたと限定承認をしたとの別を問わず、後述の「4.」の場合を除き、持戻しの義務を負います。
なお、共同相続人は、被相続人から「相続」または「遺贈」のいずれによっても財産を承継することが可能ですが、相続により承継した場合に持戻し義務を負うか否かについては実務・学説上の議論があります。
3.特別受益の類型
(1)総論
特別受益と認められるのは、遺贈のほか、生前贈与のうち、①婚姻または養子縁組のための贈与、および②生計の資本として贈与です。
民法が生前贈与の範囲を限定した趣旨は、あらゆる贈与を含めると計算が複雑になることに加え、被相続人の意思を推認すれば少額の贈与は相続とは無関係であって特別受益とはみなされるべきではないと、考えられたためです。
①は比較的判別が容易ですが、②は「生計の資本」の該当性が事案ごとに異なるため、争われることが多くなっています。
(2)死亡保険金と特別受益
被相続人の死亡により共同相続人が受け取る死亡保険金は被相続人の遺産から支払われるものではなく、被相続人の死亡によってはじめて発生するものであり、903条1項の特別受益にはあたらないとするのが従来からの一致した判例の立場です(最高裁平成14年11月5日判決・民集56巻8号2069頁等)。
しかし、最高裁は平成16年10月29日決定(民集58巻7号1979頁)で、以下の注目すべき判示をしました。
「諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる。」
この点、学説上は、契約者である被相続人が保険料の支払をし、一方で、受取人は被相続人の死亡を契機として死亡保険金を取得するという実態があるため、公平の観点から特別受益ないしこれに準ずるものとして取り扱うことを認めることができないかが議論されてきました。
同決定においては結論として類推適用は否定されましたが、その後、類推適用を肯定して持戻しを認めた裁判例も散見されます。
・東京高裁平成17年10月27日決定(判時1928号74頁)
共同相続人が受領した死亡保険金額(約1億129万円)が遺産の相続開始の価額(約1億134万円)に匹敵することや、受取人の変更がされた時期の居住状況等の事情から類推適用を肯定しました。
・名古屋高裁平成18年3月27日決定(家月58巻10号66頁)
死亡保険金の合計額(約5154万円)が遺産の相続開始時の価額の約59パーセント、遺産分割時の価額の約77パーセントを占めること、被相続人と共同相続人との婚姻期間は3年5か月程度であること等の事情から類推適用を肯定しました。
・広島高裁令和4年2月25日決定(判タ1504号115頁)(否定例)
一方で、死亡保険金が遺産の評価額の約2.7倍と高額でしたが、受取人である妻との婚姻期間や生計状況等の事情を考慮して持戻しを否定した裁判例もあります。
4.持戻し免除の意思表示
特別受益制度の趣旨の1つが被相続人の意思の推認にあることから、被相続人が生前、または死亡時に「受益額を計算に含めない」旨の意思表示をした場合には、持戻し計算を行わないとされています(903条3項)。これを持戻し免除の意思表示といいます。
したがって、特定の共同相続人に対する遺贈または贈与の効力を維持したい場合には、この意思表示を遺言書等で明示的に行い、客観的証拠を残しておくことが後日の紛争防止には資すると思われます。
また、令和元年(2019年)改正により、20年以上の婚姻期間の夫婦の一方が他方に対し、居住用建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたときは、持戻し免除の意思表示をしたものと推定されることとなっています(903条4項)。
ただし同項はあくまで推定規定であることから、この遺贈または贈与についても、免除の意思表示の客観的証拠を残しておくのが良いでしょう。
5.遺留分との関係
持戻し免除の意思表示には限度があることにも留意が必要です。
共同相続人(兄弟姉妹を除く。)には遺留分があり、遺留分の計算においては持戻しの計算は適用されますが、持戻し免除の意思表示の適用がないためです(1043条1項)。
6.期間経過後の遺産分割の特例
特別受益の主張は、根拠資料が古いものもあり、またその内容も多岐にわたることが多いため、遺産分割に関する紛争解決を長期化させる一因となっていました。
東京家庭裁判所等では遺産分割調停に際して整理表の提出を求める等の運用を行っていますが、抜本的な解決には至っていませんでした。
そこで、令和5年(2023年)改正により相続開始から10年経過した後の遺産分割においては、特別受益の主張は原則として制限され、法定相続分または遺言書により指定された相続分により分割されることになりました(904条の3)。
ただし、この期間経過前に遺産分割調停の申立てをした場合等は例外となっています。
もっとも、10年の期間は時効期間ではなく、共同相続人の主観にかかわらず進行する除斥期間としての性質をもちます。
<参考文献>
・各判例・裁判例評釈のほか
・「新版注釈民法(27)相続(2) 相続の効果 -- 896条~959条 補訂版」 谷口 知平・久貴 忠彦/編集 有斐閣 2013年
・「実務から見た遺産分割と遺言・遺留分」 山川 一陽・岩志 和一郎・山﨑 雄一郎・松嶋 隆弘/編著 青林書院 2022年
・「相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント 予防・回避・対応の実務」 相川 泰男・大畑 敦子・横山 宗祐・角田 智美・山崎 岳人/共編 新日本法規出版 2023年
執筆:日下 貴弘 弁護士・税理士/監修:坂部 達夫 税理士
