家族関係が良好でも安心できない!? 遺留分トラブルが増えている背景
2026/06/01
アオ法律事務所 代表弁護士
松村 茉里 氏 ( 第二東京弁護士会所属)

相続をめぐる争いの中でも家族関係を悪化させやすいのが「遺留分」の請求だ。最近は家族仲が良好でも遺留分を請求されるケースが増えている。そこで、相続の生前対策を多く手掛ける松村茉里弁護士に、遺留分トラブル増加の背景や生前対策のポイントを聞いた。
――最近、遺留分をめぐる相談やトラブルが増えていると聞きますが、先生の実感としてはいかがでしょうか。
弁護士になって15年ほどになりますが、当時と比べると、遺留分に関する相談や争いは明らかに増えていると感じています。特徴的なのは、これまでは家族関係が良くないご家庭での請求が中心でしたが、最近は特に仲が悪いわけではないご家庭でも遺留分を請求するケースが目立つようになっている点です。
――何か理由があるのでしょうか。
背景としては、インターネットやAIの普及により、「遺留分」という言葉や制度が広く知られるようになったことが大きいと思います。ご本人が調べられなくても、ご家族が検索して情報を伝えることもできます。また、家族関係の希薄化や将来への経済的不安などから、「少しでも受け取れるのであれば請求する」という考え方が広まっているように感じます。そのほか、最近の不動産価格の上昇も争いが増えている要因の一つといえます。
――不動産価格の上昇も、遺留分の争いに影響しているのでしょうか。
都内で一戸建てを所有しているだけで、1億円を超える評価になるご家庭も珍しくありません。家族関係が良好であれば、将来的に売却して現金で分けるという選択も可能ですが、そうでない場合には、不動産を取得する方と取得しない方との間で相続財産に大きな差が生じ、遺留分をめぐる争いが起きやすくなります。また、不動産を取得する側が相続税評価額を基準に主張するケースもありますが、遺留分の算定では原則として相続開始時の時価が基準となるため、その違いが争いの火種になることもあります。
――不動産の評価は、実際にはどのように決められるのでしょうか。
不動産業者の査定書などを提出し、双方が評価額を主張することが多いです。ただ、不動産は買い手によって価格や評価が変わるため、絶対的な正解があるわけではありません。そのため、どうしても自分にとって有利な主張をしがちで、折り合いがつかないケースもみられます。訴訟に至り評価額が決まらない場合は、裁判所が選任した不動産鑑定士による鑑定評価をもとに判断されます。
――遺留分をめぐる争いは、解決までどれくらいかかりますか。
相続が発生すると、まず財産調査を行いますので、遺留分について話し合いが始まるまでに半年以上かかることもあります。その後、交渉でまとまらなければ調停、訴訟へと進み、全体で3~5年かかることも少なくありません。争いに発展した場合、弁護士費用として数百万円規模の負担が生じることもあります。生前対策をする場合にも一定の費用はかかりますが、紛争後に生じる弁護士費用に比べるとかなり抑えられると思います。
――そうなると、生前の対策が重要になりそうですね。
はい。特に、民法改正により遺留分が金銭請求となったことで、遺留分の事前対策の必要性を意識する方も増えているように思います。現金が少ない場合、相続した不動産を売却して遺留分を支払うケースもありますが、不動産の売却には仲介手数料や税金がかかるため、相続人間の調整がさらに難しくなることもあります。相続発生後に資金を捻出するのは容易ではありませんので、生前から準備しておくことが重要です。
――具体的にどのような対策が考えられますか。
例えば、遺留分の支払いに備えて生命保険を活用する方法があります。ただ、遺言書で不動産などを承継しない方、つまり遺留分を請求する可能性のある方を生命保険金の受取人に指定することを検討される方もいますが、生命保険金は民法上、相続財産ではなく受取人固有の財産とされています。そのため、保険金を受け取ったうえで、さらに相続財産に対する遺留分請求を行うことも可能です。この点は専門家として適切に説明しておく必要があります。
――そのほか、遺留分に関して注意点があれば教えてください。
遺言書を作成する際には、遺留分への配慮が欠かせません。ただし、遺留分に配慮して遺言書を作成したとしても、その後に不動産や株式の評価が上昇すれば、結果として遺留分を侵害する内容になることもあります。そのため、遺言書は作成して終わりではなく、定期的に内容を見直すことが重要です。
――作成時と状況が変わっている場合もあるわけですね。
最近は高齢化の影響もあり、お子様が先に亡くなるケースも少なくありません。その結果、代襲相続が発生することもあり、遺留分だけでなく相続全体を見直す必要が出てきます。また、生前贈与が行われている場合、その内容によっては遺留分算定の基礎となる財産に含まれることがあるため注意が必要です。この生前贈与の取扱いについては、近年の民法改正でも整理が行われています。
――どのように整理されたのでしょうか。
民法改正により、相続人への贈与は、原則として相続開始前10年以内の贈与が特別受益として遺留分算定の基礎に含まれるというルールになりました。これを受けて、早めに贈与すれば遺留分の対象外になると考える方もいらっしゃいます。しかし、10年を超えていても贈与の内容によっては例外的に算入される可能性もあります。また、早期に贈与しても、病気などで急に亡くなれば10年以内に含まれることも考えられます。早期の贈与は一つの方法ではありますが、この期間制限だけに頼りすぎるのは適切とはいえません。
――自社株を生前贈与する際に気を付けるべきポイントはありますか。
例えば、会社が退職金を支給することで株価が下がり、そのタイミングで後継者に株式を贈与するケースがあります。ただし、特別受益が遺留分算定に反映される際の評価額は、贈与時ではなく相続開始時の評価額とされています。そのため、後継者が株式を承継した後に業績が向上し株価が上昇すると、想定を超える金額の遺留分請求を受ける可能性があります。多額の遺留分請求は資金繰りにも影響を及ぼし、会社経営に支障を生じさせるおそれもあります。したがって、株価が低い段階で贈与を行う場合であっても、将来の株価上昇を見据えた資金準備を行う、あるいは贈与ではなく売買とするなど、会社の状況や家族構成を踏まえた慎重な設計が重要です。また、経営承継円滑化法の特例(固定合意等)や遺留分の生前放棄の活用を含め、多角的な検討が欠かせません。
――最後にメッセージをお聞かせください。
遺留分の争いが生じると、相続税の申告が複雑になったり、税理士の選任をめぐって相続人同士が揉めるなど、手続き全体が円滑に進まなくなることが考えられます。何より、これまで良好だった家族関係が、遺留分の請求をきっかけに壊れてしまうのは非常に残念なことです。税理士の先生方が、顧問先のご家族の関係を守るという点からも、遺留分対策を意識していただくことには大きな意義があると思います。