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税務の勘所Vital Point of Tax

節税と脱税の判別の難しさ ~二つの「脱税」事件の検証~

2016/08/19

 「節税」は「租税回避」と言われる可能性があるが「脱税」とは全く違う、と考えておられる方々がほとんどではないでしょうか。しかし、現実には、「節税」と思って行ったことが、思いもかけず「脱税」とされて刑事事件となるということがあります。
 所得税の脱税を行ったとして起訴され、平成26年5月21日に東京地裁で無罪判決が出され、本年2月26日に東京高裁が東京地裁の無罪判決を破棄して差し戻した事件、そして、消費税の不正還付を受けたとして起訴され、平成27年3月16日に東京地裁で一部無罪一部有罪の判決が出され、本年1月29日に東京高裁が全部有罪の判決を出した事件を見てみましょう。

同族会社の不動産取引は「仮装」 高裁・地裁の無罪判決を破棄
 所得税法違反事件は、弁護士と公認会計士の方が被告となっており、「被告人両名は、共謀の上、被告人A(注:弁護士)の所得税を免れようと企て、同被告人が個人事業として行った不動産取引であったにもかかわらず、繰越欠損金を計上する有限会社P社等の法人の名義を利用し、あたかもこれらの法人が行った取引であるかのように装うなどの方法により所得を秘匿した」(検察側の主張)として起訴されています。

 この記述から、弁護士と公認会計士の方の同族会社が行った不動産取引は弁護士の方が個人として行った取引であって、それを同族会社が行った取引として申告したことは「仮装」である、とされたことが分かります。

 この裁判においては、実質所得者課税に関する所得税法11条の解釈について、地裁判決で、「この条文は、実質主義を定めた条文であるといわれているが、課税の対象である利益は、経済活動ないし経済現象に基づいて発生するものであるところ、その経済活動ないし経済現象は、第一次的には私法によって規律されているのであるから、課税は、原則として私法上の法律関係に即して行われるべきものであり、このことは、租税法律主義の目的である法的安定性を確保するためにも必要なことといえる。したがって、前記条文の意味する「実質」も、法による枠組みを離れた犯罪行為等による収益の場合を除いては、基本的に法的な意味での実質をいうものと解される。」とされています。

 この判示から、不動産取引の当事者に関する判断に当たり、実質所得者課税の規定の解釈が参照されたことが分かります。

 読者の方々は、ここまでの説明だけでも、この「事件」は「脱税」か否かではなく「節税」か「租税回避」かという事案ではないのかと感じられたのではないでしょうか。「法人」は自然人と違って体がありませんので、同族会社が不動産取引を行う際に役員等が取引行為を行うことは当然のことであり、また、実質所得者課税の規定も、広義の「租税回避」の否認規定という性質のものです。加えて、地裁の判決は、「脱税」の要件である犯意(故意)に言及していません。

 しかし、高裁は、地裁の無罪判決を破棄して地裁に差し戻しました。この高裁判決は、まだ現時点では閲覧ができませんので詳細は分かりませんが、マスコミ報道によると、破棄差戻しの理由は、弁護士の方がP社等の事業資金の処分権限を行使していたとみられること等とのことです。

 この高裁判決では「一審の判断は不合理で事実誤認の疑いが生じる」と判示されているとのことですが、実務家からすると、この事件は「節税」又は「租税回避」に止まるものという印象を受けるのではないでしょうか。

消費税の「架空」計上を指南 脱税の犯意(故意)は…?
 消費税不正受還付事件は、会社員の方が消費税不正受還付の共謀共同正犯として被告となっているものです。

 この裁判では、会社代表者の甲が自らの会社でマンションを購入して消費税の課税仕入れを計上し、中古車の仲介売上とコンサルタント収入を消費税の課税売上として計上することで、消費税の還付を受けたことについて、これらの課税売上が「架空」であるとして「脱税」とされ(甲の脱税事件に関しては、地裁判決で有罪が確定済み)、その「架空」計上を「指南」したとして、会社員の方が起訴されています。

 この事件の高裁の判決では、中古車の売買を「架空」とする理由の一つとして「甲は、中古車の売買をするときに最も重要な事項というべき、車種も売買価格も知らなかった」と述べています。しかし、そもそも、会社の代表者が中古車の売買をすることを他の者に依頼した場合に、会社の代表者が「車種」や「売買価格」を知らなかったということがその売買を「架空」とする根拠になり得るのか、という疑問が残ります。また、高裁の判決では、「転売は、通常、利益を得る目的で行うものであり、その利益額は、転売を行う者において、自己の行う経済活動の内容や、転売に伴う瑕疵担保責任の負担等を考慮して、自主的に決定できるはずであるのに、エブリイの取引では、そのようになっておらず、甲は、転売利益額の決定に全く関与していない。確かに、転売利益として5万円が会社に残っているが、これは被告人が一存で定めた額であり、転売契約が不自然に見えないようにするためのものと認められる。」と述べています。これに関しても、そもそもインターネットで購入した中古車を転売するだけの取引において「瑕疵担保責任の負担」を考慮して取引を行うなどということは行われていないのではないか、他の者に転売取引を依頼した会社の代表者が「転売利益額の決定に全く関与していない」ということが取引を「架空」と認定する根拠になるのか、5万円は「転売利益」以外の何になるというのか、というような根本的な疑問も残ります。

 読者の方々は、「物」が動いており、「金」も正しく受払いされており、妥当な金額の「利益」も得ており、また、還付申告を行っているため取引を行う「意思」があったことも明確ですから、取引は「架空」ではなかったのではないか、自動販売機スキームと同じではなかったのか、と感じられるのではないでしょうか。

 加えて、この会社員の方は、自らの会社でマンションを購入するとともに課税売上を計上して消費税の還付を受けることを既に行ってきており、それらはいずれも「脱税」とはされていない(即ち、「脱税」を行わなくても消費税の還付を受けられることを知っている)わけですから、この事件において、「脱税」の犯意(故意)があったと認定するのは難しいように感じます。この地裁判決及び高裁の判決にも、上記の所得税法違反事件と同様に「脱税」の要件である犯意(故意)に関する言及が有りません。

 この事件においても、甲と会社員の方は、いずれも「大丈夫」と思っていたのであって、「脱税」を行う意図は全く無かったのではないか、と感じます。

「節税」「租税回避」「脱税」の関係
 これらの二つの「脱税」事件を見ると、「節税」「租税回避」「脱税」の関係は、「租税回避」を中央にして左右に「節税」と「脱税」が並ぶ関係ではなく、これらの3つが相互に接する関係となっており、「節税」を行うに当たっては、「租税回避」とさることがないようにすることは当然として、「脱税」とされることがないように注意することも非常に重要となる、と改めて感ずるところです。

 アドバイザー/日本税制研究所 代表理事  朝長 英樹 税理士

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