守ろう信号、なくそう不正
2017/07/12
明治27年に起きた日清戦争では、日本軍の死者は2年間で1万7千人に上りました。昭和30年代に交通事故での死者が年間1万人を超えて、これを上回る勢いであったことから「交通戦争」という言葉が生まれましたが、年間の死者が4千人を切るようになった今では、もうすっかり死語になってしまいました。
我が国に自動車が入ってきたのは明治30年代といわれ、自動車がしだいに増えて運転免許制度ができたのは大正8年とされています。翌大正9年には、人も車も左側通行とする交通法規が定められ、やがて各地に交通安全協会が作られるようになりました。
交通安全協会は、わが国でも最大規模の非営利組織で、クリーンなイメージがありますが、なかなかどうして、不正の温床のようにいわれていた時期もあったのです。
平成10年6月に、警察庁は26府県の交通安全協会で申告漏れや無申告などの税務上の問題があったことを発表しました。これによる申告漏れの総額は9億円前後に上り、追徴税額は2億5千万円を超えました。しかし、交通安全協会の不正はこれにとどまりませんでした。
平成14年3月には、警察庁所管の財団法人「全日本交通安全協会」が東京国税局の税務調査を受け、7年間に4億7千万円の所得隠しを指摘され、1億円が追徴されました。運転免許取得の講習などに使われるテキストを編集する際、専門家に監修料を支払ったように見せかけて架空経費を計上し、プールしていた金を懇親会などの資金に充てていたというのですから悪質です。(注)
また、同年6月には福井県交通安全協会の収益事業積立金のうち約2億3千万円余りが行方不明となり、会計を担当する前総務課長(元県警厚生課長)が着服していたことがわかりました。この積立金は、免許更新時に県の収入証紙の販売によって得られる販売手数料、運転免許証明写真の撮影料などの収益事業の利益を積み立てていたものでした。
さらに、翌平成15年2月には、長野県交通安全協会連合会専務理事(元警察署長)と経理部長(元県警厚生課長)の二人が業務上横領で逮捕されるなど、交通安全協会の不正が次々と明るみに出されました。
(注)この法人は、平成25年に「一般財団法人 全日本交通安全協会」に移行しています。