関与先のM&Aにおいて税理士ができる役割とは!?
2020/02/20
山田 勝也 税理士・公認会計士
税理士法人G&Sソリューションズ代表社員
中小企業の間でもM&Aを選択するケースが増えてきが、関与先からM&Aの相談を受けた場合、果たして税理士はどのような役割ができるのだろうか。M&Aに関連する幅広い業務を年間50件以上のクライアントに提供するほか、会計事務所のM&A業務なども支援している山田勝也税理士・公認会計士に話を聞いた。
―― 中小企業の間でもM&Aが増えていると聞きます。
中小企業の経営者から事業承継の相談を受ける中で、ここ数年、後継者不在などを理由にM&Aを希望される方が増えてきていると私自身も肌で感じています。統計上でもM&Aの成約件数は毎年最高記録を更新しており、中小企業白書によると2017年におけるM&Aの成約件数は3,050件ですが、あくまで公表されている数字のため、実際はもっと多いと思います。今後、関与先からM&Aの相談を受ける税理士も増えてくるのではないでしょうか。
―― 中小企業のM&Aにおいて税理士はどんな役割ができますか。
たとえば、M&Aを進めていくうちに経営者もだんだんと不安になってきて、「このM&A仲介業者や先方は良いことばかり言っているけど本当に大丈夫だろうか」、「このままM&Aを進めていって本当によいのだろうか」などとネガティブに考えてしまうこともあります。また、デューデリジェンスの期間中も、経営者は外部からの調査について慣れていないので、隠し事は一切していないのに、何となく悪者扱いされているかのような不快感や不安感を覚える方もいます。そうした時、顧問税理士が側にいて客観的な立場から「大丈夫ですよ」などと声をかけるだけでも、経営者にとっては大きな安心になります。M&Aを遂行するに当たり、顧問税理士が経営者の心の拠り所になることは、非常に価値のあることだと思います。
―― 税理士としてもM&Aの知識を備えておく必要はありますか。
株価算定やデューデリジェンスなどの専門的な業務は、一定レベルの知識や実務経験が求められます。このような業務について対応できるに越したことはありませんが、M&Aの専門家に委託するのが効率的であるため、必ずしも顧問税理士が対応できる必要はありません。顧問税理士の役割は、M&Aの基本的なところを理解して、経営者から相談を受けた時に、M&Aの進め方や自社におけるメリット・デメリット、先方の意図などを分かりやすく伝えてあげることが大切だと考えます。一番やってはいけないのが、経営者からM&Aについて相談された時に、曖昧な回答をしたり、背景などを聞かずに頭ごなしにM&Aを否定をしたりするケースです。そうすると、「この先生に相談するのはもうやめよう」と思われてしまい、経営者はM&Aに強い税理士を探し始めることや本来必要な意思決定と異なった意思決定をしてしまうこともあります。最低限のM&Aに関する基礎知識は、顧問先からの信頼を守るためにも必須の知識であるといえます。
―― 顧問税理士に内緒でM&Aを行う経営者もいるのでしょうか。
意外と多いです。売り手側の経営者のお手伝いをする時、「顧問の税理士先生は会社を売却することを知っていますか」と尋ねると、「相談しても話がかみ合わないので、譲渡先が決まったら話します」といったように税理士にM&Aを検討していることを伏せたまま進める経営者も少なくありません。
―― ただ、M&Aによって関与先を失うかもしれないという不安もあると思います。
たしかに、グループ全体で税理士を統一している企業や、連結納税制度を採用している企業に顧問先が売却された場合、顧問契約が解消されることもありえます。しかし、中小企業の場合、決算や税務処理において顧問税理士が担っている役割は非常に大きく、その依存度が高ければ高いほど、買い手側としても既存の顧問税理士との契約を維持したほうが、M&A後の事業運営がスムーズにいくと判断する可能性が高くなります。そのためにも、デューデリジェンスの調査などで資料の提出や質問への回答が求められた時、顧問税理士として真摯に対応し、買い手側に「今のオーナーが退任した後も、この先生に任せておけば安心だ」などと信頼を得ることが重要です。
―― 中小企業のM&Aにおいて注意点があれば教えてください。
中小企業の場合、経営者が重病で倒れた後、後継者がいない現実と向き合い、今後の不安や危機感からM&Aを決断される方が少なくありません。ただ、このような状態でM&Aを遂行すると、本当は10億円の価値がある会社なのに、買い手側から8億円と減額の提示をされても、ご自身の体調が気になり、家族や従業員、取引先などを守るために売り急いでしまう傾向があります。M&Aに限ったことではありませんが、経営者は健康なうちに長期の視点で会社の将来について考えておくことが必要です。
―― たしかに、切羽詰まった状態では十分な交渉ができないと思います。
M&Aを行うタイミングという点では、世の中の景気も大きく影響してきます。買い手には買収資金が必要になりますが、景気が悪くなってくると出せる金額にも限界が出てきます。売り手としても条件が見合った買い手が見つかりにくくなるでしょう。現在は、事業承継の視点からM&Aの買収資金を融資してくれる金融機関も多いため、M&Aを比較的行いやすい環境といえます。
―― 税理士がM&Aをサポートする際に気をつけることはありますか。
M&Aには様々な税金の問題が出てきますので、関与先から相談を受ける機会もあると思います。しかし、税務上の判断が難しいものも多く、例えば、株式の譲渡とともに役員退職金を支給する場合、支給額をいくらにするかで頭を悩ませる人は少なくありません。その際、経営者からの質問に対して「その金額なら大丈夫かもしれませんね」などと安易に答えてしまうと、その回答が独り歩きしてこちらが想定していないような判断がなされてしまうこともあります。もし、その後の税務調査で否認された場合、長い付き合いの経営者であれば話し合いで収まるかもしれませんが、M&Aによって新しい経営者に変わっている場合、税理士に厳しく責任を追及してくることも考えられます。ですから、税務上の判断を示す場合には、関係者に対してリスクの可能性についてもしっかり説明して誤解を与えないことが重要です。
―― 最後にメッセージをお願いします。
税理士として中小企業のM&Aに積極的に関わっていくことは、今までの仕事の領域を広げる『攻めの戦略』であり、同時に、関与先が売却された後も新しい経営者との間で顧問契約を維持させる『守りの戦略』だと捉えています。特に、経営者が抱える事業承継の悩みを素早くキャッチして、ニュートラルな立場で相談に乗ることができる専門家といえば、税理士が一番の適任者です。是非、多くの先生方にM&Aの基本的な知識を身に付けていただき、また、日税連が開設している事業承継サイト「担い手探しナビ」なども活用しながら、事業承継の出口のひとつとして関与先のM&Aをサポートしていただきたいと思います。