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独占禁止法における「得べかりし利益」とはなにか   

2022/06/27

 税理士が、税法の関連諸法規として独占禁止法を扱うケースは、ほぼほぼないと考えていいと思います。ところが、親しくしている弁護士から、大手企業が、「下請けからの受注を切ったため、独占禁止法違反で訴えられた。」「その損害額の算定において会計の知識をお借りしたい。」という相談を受けました。そして、その裁判における準備書面を作るための、参考資料を、うんざりするほどの時間をかけて(寝る時間を削っただけですが)作りました。2つの事件を並行して扱いましたが、ある意味対象的な案件で、興味深く思いますので、案件を対比させてそのお話をさせて頂こうと思います。途中、寄り道をするかもしれませんが悪しからず。

1.利益が多ければ損害額が少なくなるパターン。
 これは、ある大手家電メーカーA社が、その家電のプリント基板の製造を外注先のX社に委託していたのですが、技術革新により、その家電の市場が急激に縮小してしまったという背景がありました。原告(訴えた中小企業)は、「思い切って相当の設備投資に踏み切ったのに、その投資額を回収できないうちに、仕事が打ち切られた。その回収できない金額は損害だ。」と主張します。

 論点は多岐にわたり、絡み合って複雑なのですが、投下資本の回収可能価値に絞って考察します。X社は設備を法定耐用年数の12年、工場建屋を25年で償却しており、受注が止まった年から見た残存価格を損失(一部)と見たてて訴えてきました。被告であるA社は、「とんでもない。最盛期には、かなりの発注をしており、その金額からすれば、投資した金額は5年あれば回収できたはずではないか。」と損害の存在を否認しています。

(1)山本守之先生が語るには
 山本守之先生は、減価償却を目的から判断すると次の2つの考え方があることを述べられています[i]。

 ①期間損益計算上の手続で、損益計算上の区切られた期間(事業年度)の費用配分
 ②減価償却資産に投下した費用の回収手続きで次期以降の投資に備えたもの(内部留保)

 そして、会計学者は費用収益対応の原則から、減価償却の根拠は①しかとりえないものと主張するところ、山本守之先生は、平成19年度の改正で(例えば)フラットパネルディスプレイ製造設備の法定耐用年数が10年から5年に短縮された経緯を国際的なイコールフィッティング(対等の地位、競争条件の平等化)にあり、国際企業間の競争に打ち勝つための改正だと喝破しています。

(2)東京地裁平成19年1月31日判決
 東京地裁平成19年1月31日判決では、中部電力が行った火力発電所の有姿除却について「既存の敷設場所」で「固有の用途」が失われているので当該収支除却は認められるべきであるとしたことを引きあいに出し、減価償却を費用の配分とする旧来的な考え方では説明ができないと述べられています[ii]。

(3)本係争での主張
 私がお手伝いしている係争事件における「得べかりし利益(以下、逸失利益という。)」は、原告B社から見れば、法定耐用年数に基づく減価償却費を控除した後の利益に対し、被告A社から見れば、回収可能期間における減価償却費を控除した後の利益です。もちろん私は、「利益から十分回収できたとする回収可能期間に基づく償却費を控除した」を採用したことは言うまでもありません。

2.利益が少なければ損害額が少なくなるパターン
 このケースは、野菜等の生産者から販売委託を受ける業者(被告C)が、その販売委託を打ち切ったため、生産者(原告D)が受けた損失の賠償を求めた事案です。原告Ⅾの弁護士は、逸失利益の計算として該当期間の利益として、対象となった作物(いちご)の「限界利益」を求め、その金額を逸失利益=損害額として提訴してきました。
 これは、原告側弁護士が会計事務所を併設していたので、出てきた考え方だと思います。

(1)反論の論拠
 被告側弁護士と私が協議して出した反論のための「準備書面」では、反論の趣旨を過去の裁判例で明示されている利益に求めることにしました[1]。これは、いわゆる企業会計上の営業利益であって、管理会計で使われる限界利益ではないという主張です。

(2)逸失利益は営業利益であって限界利益ではない。
 企業会計の目的は、企業の経営成績を把握するために、企業主が出資した資本を含めた純資産の額が、企業活動の結果、どのような原因によって、どれだけ増加したか(又は減少したか)を明らかにすることを目的としています。このうち損益計算書は、経営者の経営管理用、利害関係者に対する情報提供、株主に対するか処分利益の算定、法人税の課税所得の算定などの目的に役立つよう、企業の経営成績を正しく測定・記録・報告するために作成されるものです[2]。原告Ⅾが証拠として提出した限界利益は、原価・販売費及び一般管理費から、固定費を除いた変動費を控除した利益です。従って、制度会計や関連諸法規で担保される利益ではなく、しかも固定費分、逸失利益が過大に計上される恐れがあり、「得べかりし利益」としては採用できません。そもそも限界利益という概念は、損益分岐点を算出するための、一つの要素なのです[3]。

3.まとめ
 税理士法に補佐人という立場が明記され、税理士が法律の専門家であることを再認識したことは記憶に新しいところです。今回お示しした事例は、税理士が税法や民法・会社法のみならず、競争法の分野においても活躍の余地があり、しかも会計の専門家の立場も重要だということを示唆していると思います。
 税理士法2条では、付随業務ではありますが、会計分野も関連分野として身に着けておくと役に立つと思います。
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[1] 東京地判昭和56年3月26日(判時1013号47頁)逸失利益を「純利益が売上金額から売上原価及び諸経費を控除した利益」としている。
[2] 新井清光・川村義則「新版 現代会計学(第3版)中央経済社2020.4 161・162頁
[3] 平野秀輔「財務管理の基礎知識(第3版)白桃書房 2019.5 82・83頁
[i] 山本守之「守之節 税理士のワビ、サビ、洒落、そして作法」中央経済社2021.12 155頁
[ii] 同書 157頁

執筆:坂部達夫 税理士/監修:追中徳久 税理士

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